『逃げて』
『お姉ちゃんがなんとかするから』
『大丈夫』
『だいすきだよ、蛍─────』
はっと、気づけばソファーの上。
あれから家に帰ってシャワーを浴びてお姉ちゃんが帰るのを待っていたけれど、どうやら寝落ちしたらしい。
肩からずるりと毛布が落ちる。
毛布をかぶった記憶はない。
もしかしたら、お姉ちゃんが帰ってきてかけてくれたのかも!
リビングからとび出て、お姉ちゃんの部屋へ急ぐ。
部屋にいないかもしれないから他の場所も見ながら2階へ上った。
玄関。
いない。
洗面所。
いない。
トイレ。
いない。
キッチン。
いない。
和室。
いない。
書斎。
いない。
私の部屋。
いない。
寝室。
いない。
お姉ちゃんの部屋。
いない。
どこにも、いない。
ガチャ、と玄関が開く音がする。
そうか、お姉ちゃんはどこかに出かけていたんだ。それとも今帰ったのかな?
私はそう思って1階へ降りた。
息を切らしたお母さんが私の肩を掴んでいる。
どうやらさっきの玄関の音はお母さんだったらしく、さっきまでなかった靴が乱雑に転がっていた。
·····蒼?お姉ちゃんが、何────
なんで、どうして、そんな、お姉ちゃんが。
あんなに優しい人がそんなこと·····
『お姉ちゃんがなんとかするから』
······うそ。まさか。
同い年。私が殺した奴も、お姉ちゃんと、同い年。
─────お姉ちゃんが、私の、代わりに。
* * * * *
彼氏にDVを受けていた。
けれど誰にも相談できなかった。
その日はいつもより酷いDVだった。
もう我慢できなかった。
だから、殺した。
それが、お姉ちゃんが供述した筋書きだった。
目の前で、お姉ちゃんがガラス越しにヘラヘラと笑う。
お父さんにあんな怒鳴られて、お母さんにあんな泣かれて、色んな人から責められて、それでもヘラヘラと笑うお姉ちゃん。
私が。私がやったのだと、皆に言った。
殺したのは姉の鳥羽蒼ではなく妹の鳥羽蛍。
お姉ちゃんはなにもやってない。
やってないと、そう言ったのに。
君には証拠がない。アリバイはないけど、犯行現場近辺で君の目撃情報もない。
お姉ちゃんを庇うのは偽証罪になってしまうよ。
君は何も、していないのに。
そう言って信じてくれやしなかった。
皆が口を揃えて言うのだ。
お姉ちゃんが人を殺したのだと言うのだ。
それこそ、お姉ちゃんの“偽証”にまんまと騙されて。
何回も聞く、お姉ちゃんからの「大丈夫」。
大丈夫なはずないのに。
蛍。蛍。大丈夫だよ。口を開けばそればかり。
少しは自分の心配してくれても良いんじゃないの。
私にいつまでも縛られないで、一人の女の子として生活したらよかったんじゃないの。
どうして。どうして。
どうして私は、お姉ちゃんを犯罪者にしてしまったのだろう。
そんなちっぽけなことで幸せだなんて、思わないでよ。
お姉ちゃんなら、もっともっと大きくて温かい幸せをつかめたはずなのに。
なんで。なんでよ。
なんでお姉ちゃんは、それ以上の幸せを求めてくれないの。
ぜんぶぜんぶ、私のせいなの?
────そうだよ。お前がいるからさ。
そう、誰かが嗤った気がした。
お姉ちゃんが彼氏の遺族に殺されたと知らされたのは、それから数日後のことだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。