第48話

肆拾捌
280
2021/06/24 11:30
『逃げて』

『お姉ちゃんがなんとかするから』

『大丈夫』

『だいすきだよ、蛍─────』



























鳥羽 蛍
っ····!!
はっと、気づけばソファーの上。

あれから家に帰ってシャワーを浴びてお姉ちゃんが帰るのを待っていたけれど、どうやら寝落ちしたらしい。

肩からずるりと毛布が落ちる。
毛布をかぶった記憶はない。

もしかしたら、お姉ちゃんが帰ってきてかけてくれたのかも!
鳥羽 蛍
お姉ちゃん!
リビングからとび出て、お姉ちゃんの部屋へ急ぐ。
部屋にいないかもしれないから他の場所も見ながら2階へ上った。


玄関。

いない。


洗面所。

いない。


トイレ。

いない。


キッチン。

いない。


和室。

いない。


書斎。

いない。


私の部屋。

いない。


寝室。

いない。




お姉ちゃんの部屋。
鳥羽 蛍
····あれ?
いない。

どこにも、いない。





ガチャ、と玄関が開く音がする。

そうか、お姉ちゃんはどこかに出かけていたんだ。それとも今帰ったのかな?

私はそう思って1階へ降りた。
蛍!!蛍起きた!!?!
鳥羽 蛍
···え··?お母さん?仕事は、
それより!!!はやく外に出て!車に乗るよ!!
鳥羽 蛍
なに?どうしたのそんな慌てて····
息を切らしたお母さんが私の肩を掴んでいる。

どうやらさっきの玄関の音はお母さんだったらしく、さっきまでなかった靴が乱雑に転がっていた。
蒼が····!!
·····蒼?お姉ちゃんが、何────
───蒼が、人を殺したの····!!!
鳥羽 蛍
····ぇ
なんで、どうして、そんな、お姉ちゃんが。
あんなに優しい人がそんなこと·····




『お姉ちゃんがなんとかするから』




······うそ。まさか。
同い年の男の子を殺したのよ···!!
同い年。私が殺した奴も、お姉ちゃんと、同い年。
とにかく車に乗って!!警察署へ急ぐから!!!












─────お姉ちゃんが、私の、代わりに。





* * * * *





彼氏にDVを受けていた。
けれど誰にも相談できなかった。
その日はいつもより酷いDVだった。
もう我慢できなかった。

だから、殺した。



それが、お姉ちゃんが供述した筋書きだった。


鳥羽 蒼
ごめんねぇ。しばらく蛍と一緒にいられなくなっちゃったみたい
目の前で、お姉ちゃんがガラス越しにヘラヘラと笑う。
鳥羽 蛍
····なんで
鳥羽 蒼
····?
お父さんにあんな怒鳴られて、お母さんにあんな泣かれて、色んな人から責められて、それでもヘラヘラと笑うお姉ちゃん。


私が。私がやったのだと、皆に言った。

殺したのは姉の鳥羽蒼ではなく妹の鳥羽蛍。
お姉ちゃんはなにもやってない。

やってないと、そう言ったのに。
鳥羽 蛍
なんで、どうして····
君には証拠がない。アリバイはないけど、犯行現場近辺で君の目撃情報もない。

お姉ちゃんを庇うのは偽証罪になってしまうよ。

君は何も、していないのに。



そう言って信じてくれやしなかった。



皆が口を揃えて言うのだ。
お姉ちゃんが人を殺したのだと言うのだ。

それこそ、お姉ちゃんの“偽証”にまんまと騙されて。
鳥羽 蒼
大丈夫だよ、蛍
何回も聞く、お姉ちゃんからの「大丈夫」。
大丈夫なはずないのに。
鳥羽 蒼
なにか聞かれても何もやってないって言ってね、って言ったのに
鳥羽 蒼
そんな顔しないでよ、蛍
鳥羽 蒼
これは私がやりたくてやったただのエゴ
鳥羽 蒼
いいの。気にしないで。またやらなきゃいい話なんだから
鳥羽 蒼
大丈夫。いつでも私は蛍を守るよ
蛍。蛍。大丈夫だよ。口を開けばそればかり。

少しは自分の心配してくれても良いんじゃないの。
私にいつまでも縛られないで、一人の女の子として生活したらよかったんじゃないの。

どうして。どうして。


どうして私は、お姉ちゃんを犯罪者にしてしまったのだろう。
鳥羽 蒼
私はね。蛍がいれば、それで幸せだよ



そんなちっぽけなことで幸せだなんて、思わないでよ。

お姉ちゃんなら、もっともっと大きくて温かい幸せをつかめたはずなのに。


なんで。なんでよ。


なんでお姉ちゃんは、それ以上の幸せを求めてくれないの。






ぜんぶぜんぶ、私のせいなの?





────そうだよ。お前がいるからさ。


そう、誰かがわらった気がした。

























































お姉ちゃんが彼氏の遺族に殺されたと知らされたのは、それから数日後のことだった。


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