狗巻に案内された場所は、山の一角にある人気の無い崖。
そこには、ベンチがぽつんと置かれていた。
なるほど、ここならこの格好でも問題ない。
狗巻に促され、ベンチに腰掛ける。
ベンチから見た景色は、それはそれは眺めが良く、
表通りと裏通りをほぼ真上から同時に見ることが出来た。
お互い顔は見合わせず、しばらくの間無言で崖の下を見つめる。
思い出したように狗巻は制服のポケットに手を突っ込む。
と、見せてきたのは……金平糖?
今度は別のポケットから、金平糖にチャームが付いたものが出てきた。
姉妹校交流会にて、パンダに放たれたある一言が、頭の中で反響する。
『だからって呪骸扱いされてキレんなよ』
…だから、いつの間にか諦めていた。
どうしても初対面の相手には呪骸扱いされてしまうことを。
それを当然のように覆した、狗巻 あなたに、驚きつつも嬉しさを覚えたことに気付くまでに時間がかかった。
ほぼ初めてに等しい感覚に少し酔い、狗巻の方を見つめる。
…すると、狗巻は真っ直ぐ崖下の方を見つめながら言った。
そう言った後、カクンと首を傾げてこちらを見つめる。
哀しそうな、淋しそうな、芯のありつつ渇いた目。
「ウワサくらいは、聞いたことあるでしょ?」
そう、問われているようで。
それは、間違いなく今までの目ではなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!