第11話

10.Santa Maria
20
2021/05/01 07:00
 本を部屋に上手く隠してから下へ降りると、キッチンに入っていく聖を見つけた。
「聖!」
「あっ、悠馬!見て、近くでこんなに咲いてたのよ」
聖の腕の中には、溢れそうになるくらいにいっぱいの花。
「綺麗でしょ」
この花、百合?にしては、少し小さめかな。でも、純白のその花はまるで、聖を例えたようにはらりと咲き乱れている。
「百合なんて久しぶりに見たよ」
百合って確か、ちょうど夏に咲く。
昔、蕾がそう言ってたよな……。
「百合?」
「え?百合だろ、これ」
聖はキョトンとして首を傾げる。百合じゃないのか?この花。
「これは“マリアの花”って、皆呼んでるのよ」
「マリアの花…?」
呼び方が違うのか。姿はどこから見たって百合だけど。まぁ、いい。
マリアの花って、まさに聖みたいだな……。
「森にはあまり花は咲かないんだけど、珍しくたくさん咲いてたの」
「森って花がいっぱい咲いてるイメージあるけどね」
「そうかしら。私、この森しか見た事ないから想像が付かないわ。悠馬は色んなものを見てきたのね」
羨ましい、と呟いて寂しそうに微笑んだ。
聖、ずっと制限されて生きてきたんだな。
それはこれからもきっと同じ。聖にしてみたら、ここはもしかしたら監獄になってしまっているのかも知れないな。
それに比べたら、俺なんか自由気ままに思い通りに動けて、恵まれてるのかな。
「これ、どうするの?」
「花瓶に生けて、ダイニングテーブルへ飾ろうと思うの」
「きっと皆喜ぶね」
そう返すと、花瓶に水を入れる聖の手がピタリと止まった。
あれ、何か悪い事言っちゃったかな。
「どうかな……」
と、苦笑する聖。
「……君は、架乃さん達に喜んでもらった事は無いの?」
「そんなの生まれてから一度も無いわ。伯母様は私の事が憎らしくてたまらないもの」
「そんな事は……」
それ以上は、言い返す事は出来なかった。
否定しても、余計に聖の悲しみを抉るだけになるから。俺自身、それを知ってるから…。
「あのさ…、迷惑かも知れないけど、質問してもいい?」
「何?」
いっそ本人に訊いてみてもいいかも。
そんな事が頭をよぎった。
「聖の、ご両親って、その……どうしていないの?」
「あら、そんな事?全然気にしないで。いないのは、事実なんだから」
花瓶に丁寧に花を…、マリアの花を挿し込んでいく彼女の手先を見つめる。
差し込む陽の光が聖の顔を照らして、聖の影が濃くなる。影の中には、吸い込まれそうなくらい真っ暗な悲しみが詰まっている。
「私ね、拾い子なんですって」
「え?」
突然の一言に、目を丸めた。
「えぇ。お祖母様がイギリス人で、そっちの別荘の近くで、捨てられてたそうなの。そこを、お父様とお母様が拾って下さったのよ」
話を聞くと、聖はイギリスで、架乃さんの弟夫婦である両親に拾われ、聖と名付けられ、そのままこの屋敷へ連れて来られた。しかし、聖が僅か4才の時、両親は急用でイギリスへ呼び出され、向こうで事故に遭い、2人とも一緒に亡くなったのだそうだ。それから聖は、ずっとこの屋敷から出ることを許されぬまま、今まで生きてきたと言う。
「伯母様は、弟であるお父様の方が自分より仕事とかで、男だからって優遇されていたせいで、両親の事を目の敵にしてたの。うちは代々資本家の家系でね。その上お祖母様の出身の家系は、昔からのイギリスの富豪なものだから、家の人も親戚も皆、金銭とか地位とか権力とか、すごく競争心が高いのよ」
「す、すごい大富豪って事…だよな」
聖から出てくる言葉に圧倒されるばかりで、頭がやっと追い付くくらいだ。
だから、残った私は、伯母様に嫌われてるの。と聖が続けた。
「でも、そしたら今は架乃さんが君の親代わり、って事でしょ?」
「親代わりになんてなってもらわなくていいわよ。私の親は、お父様とお母様だけよ」
少し口調を強めて言われた。
俺に向けてきたその目は、今までの辛い過去をブラックホールのように取り込んで、誰にも見つからないように、ずっと隠しているのだろうか。

その時。ふと自分の中の聖への疑念がサーッと取り払われているのに気付いた。
……また、だ。
俺もそこまで頭が悪い訳じゃない。
人生語れるほどなんか生きてない平凡な中学生だけど、それでも15年この体で経験してきた分だけのもので考える事は出来る。
ここへ来て3日目。この屋敷が俺にとって未知の世界であり、とてつもなく長く感じた。たった72時間足らずの時の中に、めちゃくちゃに色々な事が押し込まれているような気がする。その中で、もう何度も、同じ事の繰り返しになっている事がある。
それは、聖に対しての俺自身の感情の歪み。今もそうだ。この屋敷に何かあると思うと、毎回聖の行動や言動に驚かされ、俺はこんな綺麗な心の人に一体どうして疑いの目などかけるんだと自責に陥る。思えば、これをもうすでに何度繰り返してるんだろうか。
いや、でも待て。
それは俺の無駄な疑いが消えていないだけなのか?
聖やこの屋敷の事を不自然に思って、何かしら行動をしてみても、結局は聖の儚さに心が揺れると言うか、彼女の綺麗な内側に打たれて…。
いや、でも。やっぱり聖には…この屋敷の中には何かきっとあるよな。それはほとんど確信しての事だ。今さら何を……。
何が正しいんだ?
何を信じればいい?

あれ……。

俺は、何を思ってたんだ…?

「……!…悠馬!」
ハッとして、目の前の聖に焦点が戻る。
「大丈夫?」
「あ、あぁ…。うん」

そのまましばらく、何も考えられなかった。

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