第5話

4.Beginning of terro
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2021/04/03 06:41
 俺は、妹の前以外で、初めて女の前で泣いてしまった。我慢し切れなくて、涙が止まらなかったんだ。

聖の優しい声に誘われるように、そのまま、しばらくこの屋敷に居させてもらう事になった。



「じゃあ、ここの部屋を使って。ちょうど掃除をしたばかりだから、一番綺麗だと思うし。」
案内された部屋は、3階のゲストルームだった。俺の部屋の2倍、いや3倍はあるか?学校の教室より少し広いくらいで、天井付きのベッドや、ステンドグラスがキラキラと光る大きな出窓が目立つ。
「この部屋は、好きにしていいわ。」
「あ、ありがとう…。」
ステンドグラスには、聖マリアの姿が施されている。赤、黄色、青、紫…。色とりどりの光が床に反射して、まるで万華鏡の中で歩いているようだ。
壊れてしまいそうで、怖くて窓も開けられない…。
「悠馬…、荷物少ないわね。よくこれで家出なんてしようと思ったね。」
確かに、リュックに出来る限り詰め込んだとは言え、着替えなんてほとんど無い訳だし、スマホのモバイルバッテリーを持ってきたと言うのが、唯一賢かったと言える点だと思う。
いや、、そもそも俺、家出じゃ無かったんだよな…。
そう、死にに来たんだってば。
何、自分で忘れかけてんだよ。アホか。
…でも、ここにいて、俺、この後どうするんだろう。2、3日したら、帰る気になったなんて言って、屋敷から少し離れた所で首でも吊るか。

っていうか、俺、、本当に死にたいのか?
死んでどうする。家族に「ごめんね」とでも言わせたいのか?いや違う。父さんと母さんの手をこれ以上煩わせたくないんだ。それに、蕾にも、もう迷惑を掛けたくない…。
そうか、うん。そうだよな。
俺、やっぱり死ぬべきだからここへ来たんだよな。
俺の判断は間違ってなんか無い。
大丈夫だ。


「君の部屋は?」
部屋を見回る聖に訊いてみる。
「ん?私の部屋?2階にあるわよ。」
「さっき案内してもらった時、あったっけなーと思って。」
「あぁ。私の部屋は、一番奥の突き当たりだから。ね。」
聖は何かを隠すように、目を逸らした。
ちょっと、動揺している?
不思議な所だ。


夜になって、玄関の扉が開閉する音が聞こえてきた。
3階にいる俺にも聞こえるくらい響くんだな。
しかも、誰だろう。聖の親か?
そういえば、まだこの屋敷で他の人をまだ一人も目にしていなかったな。

その途端に、聖がバタバタと駆けてきた。
「悠馬!伯母様達が帰ってきたわ!一緒におりて来て!」
「あっ、うん…。そうだね。」
そうだよな、まずはこの家の人に、許可を貰わないと、ここには置いて貰えないよな。

大広間に降りて行くと、大人2人に向かって、聖が懸命に話をしていた。
「あっ!あちらがその悠馬よ!悠馬、来て!」
手招きされ、慌てて階段を降りた。
「伯母様、こちらが悠馬さん。森で迷ってらしたから、連れて来たの。」
伯母様、と聖が呼ぶその女性は、スラリと背が高い人だった。黒い光沢のあるタイトドレスに青いレースのストールを羽織って、10cmはあるだろうか、とても高い白のハイヒールを履いている。ネックレスやピアスももちろんだが、極めつけは、そのブロンドの団子にまとめた髪と、オリーブ色の切れ長の瞳…。
後ろには、女性と同じくらいの年ほどの、40代そこそこの中年太りした大柄な男性がいた。彼はとても穏やかな顔付きをして、ジャケットのポケットに手を入れて、静かに佇んでいる。
女性がギロっと睨むような目付きで俺をまじまじと見つめてくる。ビクッとして、軽く会釈をする事しか出来なかった。
「…お客様なんて、珍しいこと。私は聖の伯母の架乃カノよ。こっちは旦那の仙太郎せんたろうです。」
「あっ、ど、どうも…。悠馬と申します。」
架乃さん、か。日本人か、それとも外国人…?髪と瞳が完全に外国なんだけど、他は日本って雰囲気がする。どっちだ…?
「この屋敷にお客がいらっしゃるなんて、いつぶりかしら。歓迎するわ。森を一人で歩いて来られたなんて、大変だったでしょう。ゆっくりなさい。」
見た目に反して、架乃さんは優しく歓迎の意を表してくれた。仙太郎さんは、どこを向いているのかも分からないし、本当に一言も言葉を発しなかったけど、良い人と言う感じはした。
「聖、お客様に失礼の無いように。」
「はい!ありがとう、伯母様。」
挨拶が済むと、すぐさま2人はカツカツと靴を鳴らして、どこかへ行ってしまった。

「やったわね、悠馬!これでここにいられるわ。」
聖は安堵した表情を浮かべた。
さっきまで緊張した顔だったのに。
「伯母様、すっごく厳しいのよね。何しろこの屋敷の当主だから。でも良かった。喜んで、悠馬。」
やっぱり厳しいのか。いかにもってオーラは漂ってたよな。
「あ、のさ…。失礼だけど、架乃さんって、、日本人?外国人?それに、女の人が当主なんだね。」
「伯母様は、私の父のお姉さんなの。2人の親、つまり私のお祖母様はイギリス出身で、だから、ハーフって事よね。それに、仙太郎さんは婿養子だから、今の当主は実質伯母様ってわけ。」
「なるほど…。あれ?君の、ご両親はどこ?」
そう訊くと、聖は俯いて、黙り込んだ。
…あっ。
すぐに察した。
「あ、ご、ごめん。なんか…。」
デリカシーねぇな、俺。
「謝ること無いわよ、何も言ってないじゃない!」
「あ、でも…。」
「さぁ、そろそろ夕食じゃないかしら。行きましょう。」
フワッと長い髪をなびかせて、彼女は歩き出した。

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