第5話

加山君
63
2019/12/01 08:21
ナースコールをしてからおよそ10分程経ってから、私と少年の部屋の扉が叩かれた。はい、と小さく返事をしてから、そっとカーテンを開いた。少年の方を見ても、カーテンはしっかりと締め切られており、中の様子を伺うことは出来ない。これでは、ここで少年の話を聞いても大丈夫かどうか判断出来ない。仕方なしにカーテンを大きく開いた。木下さんが私の前に夕食を置いた。病院のご飯は美味しいとは言えないけど、もう慣れてしまった。たまには、前食べていたジャンクフードが食べたいな、なんて思う。
木下さん
木下さん
夕陽ちゃん、いつもより少し遅いけど大丈夫?
利根川夕陽
利根川夕陽
大丈夫、寝てただけだから。・・・それより。
お箸を持ってから、少年の方を見た。それより今は、少年のことを聞きたい。ご飯を一口だけ食べて、声を潜めて聞いた。
利根川夕陽
利根川夕陽
彼、いくつ?
私が他人に興味を持ったのがよほど珍しいのか、木下さんは私を見て三度ほど目を瞬かせてから、私につられるように声を潜めた。二人して少年の方を見ながら話をした。
木下さん
木下さん
夕陽ちゃんの一つ下。
それを言われた途端に、私の中から何か重いものがスっと消えた。年下だからって、楽な気持ちを抱くのは可笑しいと思うけど、同級生ってやっぱり何か嫌だなって思うところがある。特に何か理由があった訳では無いけれど、私はいつもそう思ってしまう。
利根川夕陽
利根川夕陽
一つ下、なんだね。なんか安心。
木下さん
木下さん
夕陽ちゃん、割と年下って聞くと安心するところあるよね?
利根川夕陽
利根川夕陽
そーかも。
二人で笑いながら話をする。あんまり長くは引き止められないのは分かっているから、ここら辺で切り上げなくてはならない。本当はもう少し話をしていたいけど。
木下さんに別れを告げてから、ご飯を食べだした。少年、加山 陸都かやま りくと君の方からは、あれ以来音もきこえなければ声も聞こえない。
利根川夕陽
利根川夕陽
(寝たのかな・・・。)
それならそれで都合がいい。これで、心置き無く加山君の情報を整理できる。誰のことも気にかけずに情報を整理する時は、頭の中が整然されて、どこか心地よい感覚になる。加山君は、不良で、喧嘩のせいで前腕骨折をして入院しているらしい。前腕骨折の入院期間は一週間半程度。それだけ我慢すれば、また一人に戻れる。不良なんて、金輪際関わりたくないと思っていたのに。こうして、また誰かと交流する度に思いだす。私が、短い人生の中でたった一度だけ道を踏み間違った過去。それを思い出してしまうから、誰かと交流するのは嫌。涼香みたいに、本当に幼くてあの頃の記憶を呼び覚まさないくらいの子なら、全く関係ないんだけど。似すぎている。加山君はあまりにも、あの人に似すぎていて嫌だ。顔は怖そうなのに、意外と優しいところ。不器用で、素直じゃなくて。
利根川夕陽
利根川夕陽
・・・っ!
思いだすと、途端に動悸が激しくなる。頭も痛くなる。なんで。あの日のことを思い出すと、今もこうして心が痛い。それだけじゃない。痛みは増えていくばかり。やっぱり嫌いだ。あの人も、加山君も。加山君は別に何も悪くないのに、私はもう彼のことを好きになれる自身はなかった。
利根川夕陽
利根川夕陽
(好きになる気なんてないし。ただ、きっと嫌いなままだってだけ。)
もう、どうでもいい。どうせもうすぐ死ぬんだから。だから、もう何もいらない。何も。今更何かを望んだって。あの人にはもう届かない。

プリ小説オーディオドラマ