第6話

あの日
50
2019/12/01 08:25
私はまだ幼かった。ニュースでよく流れる死亡事故の話も、だからといって特に何も感じていなかった。そうなんだ、としか思っていなかった。なのに。彼が消えてから。私の前から、いや、世間からの目から逃れようと、自らの姿を消したあの日から。私は嫌に、死亡が関わったニュースには敏感になってしまった。遠野 真琴とうの まこと。私の、初恋の人。そして、私の前から突如として消えてしまった、謎の人。私が学校の愚痴を言っても、きついことを言っても、何でも聞いてくれてアドバイスをしてくれる時もあった。そんな人に、中学三年生の時、初恋という淡い気持ちを抱いた。それなのに。

赤く赤く染まる空は、まるで私の心を映し出すようで。やっと真琴くんに宿題を見て貰える・・・。と、一日の内で何度も心の中で呟いた。頑張って勉強して、きっと真琴くんと同じ高校に行ってみせる、と心に決めて、どんな問題でも分かるまで解いた。高校に受かったところで、一緒にいられるのはたった一年だけど。真琴くんがどんな所で勉強していたのか、それを知りたかった。同じ場所にいられるだけで幸せだった。家々の横を通って、ブロック塀からはみ出した何の植物かわからないものの枝を避けて。早く早くと急かしながら歩いた。重い通学カバンなんて、気にも止めずに。そして、見えた私の家。淡い桃色の壁が結構お気に入りだったりする。
幼い頃の夕陽
ただいまぁー。あれ・・・真琴くんいる。
玄関には、明らかに私の家族のものじゃない、最近の人が履くような靴があった。服もそうだけど、相変わらずオシャレだった。真琴くんは多分私の部屋にいる。年頃の女の子としてどうなのかな、って思わないこともないけど真琴くんだし、という事で許している。特に見られたくないものもないし。
幼い頃の夕陽
まことく・・・。
ノックもせずに扉を開いたのが悪かったと思う。でも、そのお陰で決定的な現場を見てしまった。リストカット。誰がどう見ても、そう言うだろう。
幼い頃の夕陽
何してるの・・・?ねぇ。
部屋が汚されたのも嫌だった。でも、それ以上に、私の悩み事は聞いてくれたのに自分のことは何も言わなかった真琴くんに腹が立った。どうして、自分のことは何も言わないの。言えばいいじゃん。そんなふうに、自分を自分で傷つけるくらいなら言えばいいじゃないの。そうは思っても、私は怒りを抑えられなかった。
幼い頃の夕陽
出て行ってよ・・・。何も、私の部屋でしなくてもいいでしょ。出来ることなら、もう来ないで。
涙が出ないように必死に声を押えた。出来るだけ暗い声で。それが伝わったのか、真琴くんは立ち上がって扉の方に歩いて来た。手には、リストカットに使ったカッターを持ったまま。
幼い頃の夕陽
(に、げなくちゃ・・・。)
分かっているのに、足が動かない。真琴くんが目の前に来てから、本能が働いて体を左にずらした。それが、精一杯だった。
幼い頃の夕陽
・・・っ。
真琴くんの顔は暗く、私を睨みつけていた。そんな顔、初めて見た。今までは笑った顔を向けてくれていたのに。なのに。
真琴くん。
真琴くん。
・・・お前、何も分かってない。死ぬのは、お前ならいいのに。
幼い頃の夕陽
は?
小さい声でそう言うのがやっとで、私はその場から動けなかった。
そしてその4ヶ月後。私は、硝子性欠陥症だと診断された。

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