加山くんは、少しずつ言葉を零していった。
心の中で、薄々勘づいていた。本当に不良になることを心から望み、それを生き甲斐や己として認めているのならば、記憶が無いふりなんてするはずがないのだから。
護りたい、ではなく過去形であるそれに違和感を覚えた。それが表すのは、護るべき対象は、もう護ることが出来ない。護りきれずに、手の届かない場所にいる。そんな意味だ。悲しそうでも悔しそうでもなく言う加山くんの声は、少しだけ震えていた。その声に釣られるように、私もぎゅっと布団を握った。
最後の言葉で初めて、加山くんは悔しそうに吐き捨てた。その姿に、どう声をかけていいのか分からずに、ただ加山くんを見つめていた。私には、そんなことを経験したことは無い。加山くんの気持ちは理解してあげられない。下手なことは言えない。けれども、何も言わないままでもいたくなかった。
声をかけたのはいいものの、自分の言葉が加山くんを傷つけてしまうのが怖くて、何も言わせないように、慌てて次の言葉を発した。臆病だ。けれども、今目の前にある脆く、それでも必死に強くなろうとする心に傷を入れたくはなかった。
一度言葉を切って、でも、と小さく呟く声が聞こえた。俯いてしまった加山くんの表情は分からない。だけど、暗がりの中で震える肩を、私は見逃さなかった。
ベッドから立ち上がって、数歩だけ歩みを進めて加山くんの前に立った。加山くんの紺色のズボンに幾つか濃ゆくなっている部分が見えた。
その言葉すら、かけることが出来なかった。心の中で思うだけで、私にはどうしたらいいのか、今の加山くんに必要なのは一体何なのか。探し出すことに一生懸命だった。ここで何か言えたなら。加山くんと同じ境遇だったなら。痛みをわかってあげらたのかもしれない。この涙を止めてあげらたのかもしれない。そんなのは、唯の言い訳だ。
加山くんは顔を上げて、抜けた顔をしているであろう私を見た。その目は確かに涙に濡れていた。僅かに傷痕の見える頬にも涙の跡があった。
苦笑いしながら言った。その姿に、胸が苦しくなった。自分が苦しい時でさえ、他人と比べてしまう。それは、私も同じだし多くの人が同じだろう。しかし、それを目の当たりにしてしまうと、なんとも言い難い感覚になる。
だけど、私の心は決まっていた。ずっと前から。硝子性欠陥症と診断されたあの日から。だから、私の答えはあっさりしていた。ずっと変わらない答え。そしてこれが、私が硝子性欠陥症に対する答え。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!