第4話

ドキドキする理由
菅原 千都世
菅原 千都世
(な、なんで逃げちゃったんだろう……!)

ランチに誘うはずが、自分でも分からないうちに、私は悠一郎から逃げてしまっていた。


初めて頭を撫でられてからというもの、またあのよく分からない感情が暴走している。


でも、さっきとは違って、苦しくはない。


自宅まで走って帰り着いて、玄関のドアに背中を預けたまま、へたり込んだ。
菅原 千都世
菅原 千都世
(ドキドキしてるのは、走ったからだよね?)

そう思い込んで、家の中へと戻ったのだけれど。


呼吸が落ち着いてからも、心臓の高鳴りはやまない。
菅原 千都世
菅原 千都世
走ったからじゃ……ない?
なんだろう、これ?

しばらく、ソファに座って呆然としていた。


我に返ったのは、お腹が空腹に耐えかねて派手な音を立てたとき。
菅原 千都世
菅原 千都世
あ、お昼食べ損ねたんだった……

予定通り悠一郎をランチに誘えていたら、今頃ちょっとおいしいものを食べられていたかもしれないのに。


両親も仕事で不在なので、仕方なく、なにか買いに行こうと外に出た。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
……あれ?
菅原 千都世
菅原 千都世
あ、悠一郎

隣の家の玄関に、悠一郎が立っている。


その手には、買い物袋が提げられていた。
菅原 千都世
菅原 千都世
(うわ、気まずい……!)

突然、逃げてきた手前、気軽に話しかけるのもなんだか遠慮してしまう。


理由を聞かれても、答えられる自信がない。
菅原 千都世
菅原 千都世
えっと……なにか、作るの?
番場 悠一郎
番場 悠一郎
うん。
結構余るから、千都世もうちで食べる?

頑張って話題を振ると、なんと食事に誘われてしまった。


悠一郎の手料理は、実は結構おいしい。


おばさんが昔、「多少は料理のできる子にしておかないと」と言っていた。


彼女の教えの成果は、ちゃんと表れている。
菅原 千都世
菅原 千都世
じゃあ、お言葉に甘えよう、かな。
誕生日なのに、なんかごめんね
番場 悠一郎
番場 悠一郎
いや、別に

クリスマスに出掛ける約束をしたのにここで断るのも変だと思い、私は悠一郎の家に上がることにした。
菅原 千都世
菅原 千都世
なにか手伝うよ。
祝われる立場の人に、全部させるのも悪いし

私はあまり料理が得意ではないのだけれど、せめてなにか手伝おうと申し出た。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
大丈夫。
すぐ終わるから、『お兄ちゃん』に任せて待ってて

悠一郎は穏やかに笑って、手際よく長ネギを切っていく。
菅原 千都世
菅原 千都世
(本当に、今ちょっとだけ、お兄ちゃんぽかった……)

やはり、調子が狂う。


変に胸が騒いで、座って料理を待っている間も、そわそわして落ち着かない。


度々、悠一郎の料理をする後ろ姿を盗み見ながら、私は複雑な思いだった。
菅原 千都世
菅原 千都世
(もう、大人の一歩手前なんだな……)

幼い悠一郎が私に泣きついてきた頃の記憶が、どんどん薄れていく。
菅原 千都世
菅原 千都世
(ああ、そうか……。困惑してるんだ)

ずっと、弟のように思っていた相手が、急に大人になって見える。


一週間だけ立場を逆転させただけで、こんなにも違うのだ。


今の私は、この現実をすぐに受け止めきれなくて、驚いているだけだと――そう結論づけた。


【第5話へつづく】