千都世がソファの方に行ってくれてよかった。
喜びをかみ殺している顔は、きっと千都世に見せられたものではない。
千都世は、明らかに俺を意識してくれている。
それで、鈍感ゆえにどうしたらいいか分からず、戸惑っているのだ。
立場を逆転させることがこんなにも功を奏するとは、思ってもみなかった。
ふたり分の鍋焼きうどんをテーブルに運ぶと、千都世は顔を輝かせた。
簡単に調理できる上に、冬の定番メニューと言ってもいいだろう。
さすがに空腹には逆らえなかったらしく、千都世はいそいそと箸をとった。
食べながら、千都世が突然そんなことを言った。
料理が得意でなくても、やってるうちに少しずつできるようになっていくものだが。
ただでさえひとりきりになるのだから、不安になるのは当然だろう。
どれだけの時間と交通費がかかるのかは、この際どうでもいい。
アピールできる時にはしておかないと、千都世は鈍感だから響かないのだ。
本気にとられていない。
こういう勘違いは早めに直さないと、このままグダグダになってしまう。
どうして早めに進路を固めておかなかったのかと、俺は後悔した。
ひとつ歳が違うだけなのに、どうしても壁を越えられない。
ムキになった俺が小声で言うと、千都世は笑った。
冗談だと捉えられているのが、悔しい。
信頼してもらえている反面で、まだ完全に男としては見てもらえていない。
どうやっても、千都世にとって俺は、『弟』なのだ。
今すぐ、言ってしまいたい気持ちもあるけれど、きっとうまくいかない。
伝えるタイミングは、クリスマスがいいだろう。
それまでに、気持ちも準備しなければ。
俺は決意を新たに、穏やかに笑う千都世の顔を見つめていた。
【第6話へつづく】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!