第9話

『お兄ちゃん』としての、最後の願い
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2020/02/03 09:00
あのクリスマスデートの日から、数日。


思い返すほどに、ローラーコースターのような一日だったと実感する。
番場家・母
番場家・母
悠一郎、向こうの網戸、掃除終わった?
番場 悠一郎
番場 悠一郎
うん
番場家・母
番場家・母
じゃあ、今度は二階の窓拭きお願い!
落ちないように気をつけてよ!
番場 悠一郎
番場 悠一郎
分かったー

世の中はあっという間に年末になり、俺は家の大掃除の手伝いをしていた。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
(千都世も、俺を避けてる感じだし……)

千都世からは、一向に返事がない。


あの反応を見る限り、可能性は低そうだ。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
はあ……時間を戻せるなら、戻したい

窓を拭きながら、溜め息が零れる。


こんな状況になることを恐れていたからこそ、告白できなかったのに。


結果として振られる寸前なのだから、情けなくて笑えてしまう。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
(それでも、告白できただけ、成長したよな?)

自画自賛くらいしておかないと、気持ちがもたない。


千都世が俺に選んでくれた本は、最近発売されたばかりの本格的なファンタジーだった。


気になってはいたけれど、まだ読んでいなかったし、千都世が俺の好みを分かってくれていることがなによりも嬉しかった。


何度目かになる溜め息をついた後、ピカピカになった窓に、母の姿が映り込む。
番場家・母
番場家・母
溜め息なんかついて、どうしたの?
番場 悠一郎
番場 悠一郎
いや、なんでも……
番場家・母
番場家・母
そう?
なら、お隣の菅原すがはらさんに、おつかい頼まれてくれない?
番場 悠一郎
番場 悠一郎

プラスチックの密閉容器が三つ入った手提げを、母が俺に差し出す。


両家恒例の、お裾分けだ。


普段なら母が直接持って行くのに、これを俺に頼むということは、事情を見抜いているらしい。


クリスマスに千都世と出掛けたことも、なぜかバレていたし。
番場家・母
番場家・母
学校がないと、千都世ちゃんにもなかなか会わないでしょ?
ちょっと顔を見せてきたら?
番場 悠一郎
番場 悠一郎
……分かった

母が、せっかく会う口実を作ってくれたのだ。


遠慮する理由はないと、俺は手提げを受け取って、隣の家を訪ねた。



***



チャイムを鳴らして数秒後、バタバタと足音が聞こえ、出てきたのは千都世だった。
菅原 千都世
菅原 千都世
あ……悠一郎
番場 悠一郎
番場 悠一郎
これ、母さんから
菅原 千都世
菅原 千都世
いつも、ありがとう

予想だけれど、彼女もまた、両親に背中を押されて出てきたのだろう。


笑っているのに、ばつの悪そうな顔をしている。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
……ちょっと散歩がてら話せない?
お兄ちゃんとしての、最後のお願い

まだ一週間の約束は残っている。


千都世に悪いとは思っているけれど、ここでケリをつけておきたかった。


彼女は頷き、一度手提げを家の中に持って行くと、こちらへ戻ってきた。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
選んでくれた本、面白かった。
ありがとう

近所を並んで歩きながら、俺はどうにか話題を振った。


千都世は顔を上げると、みるみるうちに泣きそうな顔になっていく。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
え?
え、ど、どうした?
俺、変なこと言った?

千都世は首を横に振り、道のど真ん中で、急に抱きついてきた。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
(……はい?)

何が起こっているのか、分からない。


両手のやり場を失って、俺は硬直していた。


千都世はすすり泣きながら、腕に力を込める。
番場 悠一郎
番場 悠一郎
ち、千都世……?
菅原 千都世
菅原 千都世
悠一郎を傷つけるようなことを言ったのは私のほう。
あれから、ちゃんと自分の気持ちと向き合ってみたの。
私、悠一郎は弟でも、お兄ちゃんでもないって……やっと分かった

まだ、希望は残っていたらしい。


目の前が真っ暗になったとはよく言うけれど、その逆を味わうことになるとは、思ってもみなかった。


【最終話へつづく】

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