第7話

(4)「ひさかたの」
71
2018/02/12 09:54
花蓮&陽人 (4) 陽人side



『_ドアが開きます__』

通勤ラッシュは人が多すぎて目眩がする

人が少なくなっていき一息つく


ふと窓の外に目をやると慌てたように駆けてくる女の子の姿が見えた

視力落ちたかなあ、
全然見えないけどそんなヒール履いて走ったら転ぶぞ、

心の中で呟きハッとする



「…花蓮」

はっきりとは見えなかった、

でも、薄っすら見かけたその姿で、
自然と花蓮の名前が口に出た

なんでこっちへ向かっていたんだろう

もう一度女の子の方を向くと、
もう既にドアは閉まり発車していた


「この駅、最寄りといえば…」

あの大学だな、
と見当がつき鼓動が大きく波を打つ

ああもうなにやってんだ、
自分の未練がましさに顔が熱くなっていく


あれが本当に花蓮だったかも確信がない

なのに、なんで花蓮の笑顔は、
鮮明に思い出され心に留まり続けているんだ

忘れられない、
あんなに俺を笑って呼んでくれた奴も、
居心地が良かった存在も、
あいつしかいなかったんだ___



『_ドアが閉まります__』

それから馬鹿みたいに、毎朝花蓮の姿を探していた

会うことは一度もなくて、
やっぱり幻覚だったと今も思うけど…

それでも、
心に残り続ける花蓮の存在を、

もう一度許されるなら絶対手放したりしないから、あの笑顔の隣にいたい

その一心で
暫く経った学校帰り、予想される大学へ足を運んだ



「誰か、待ってるねあの人誰だろう」
「誰かの彼氏じゃない?」

通り過ぎていく女の子の声に鼓動を震えさせながら
花蓮が現れないかと待つ

これで現れなかったらどうしようか…

考えていなかった不安に急に襲われ、心が曇る



___「今日バイト休みなんだ」
「うん、だからどこか行こうよ」

門に向かってくる女子の声の中から、
花蓮の声が聞こえた

5年間聞いていないけど
その声はすぐに“花蓮のもの”だと感じた

勘違いじゃないか、
目が合ったらどうすればいいとか、
どうでもいいことを脳内に迷わせたまま目を声主の方へ向けて

___胸が熱くなる



少し髪も伸びて、
服も変わって、
大人っぽくなってメイクもしているけど、

花蓮だ、
俺のずっとずっと想っていた人




「…花蓮__」

大きく息を吸って
震える自分の手を体の横で強く握って

門をくぐり歩き去ろうした彼女の背中に声をかけた


「…………っ」

勢いよく振り返った彼女は、
何故だか顔を少し歪ませていて

「陽人、」

迷わず俺の名前を口にした

ああ、自惚れてもいいのかな



「ちょっと待っててくれる?」

それとも先行ってる?
と横にいた友達に声をかけると花蓮は、俺の方へ何歩か足を進める

心臓の音は破裂しそうなくらい体中を鳴り響いていて

「花蓮、久しぶり」
「そうだね、久しぶり」

急に現れた俺に怒ることも、
あしらうこともなく穏やかに微笑む花蓮を見て、胸が鳴る

ああ、やっぱ、この笑顔が好きだ


「花蓮」

何て言おうとずっと考えていた

何が一番心に来るかと、
花蓮の心を掴めるかと、

だけど、単純で素直すぎる花蓮には、
これが一番だと思うんだ


「…5年間、ずっと花蓮のことが好きでした
もう一度花蓮の笑顔を隣で守らせてもらえませんか」


精一杯の真っ直ぐな俺の想いを、風に乗せて

君の心に届けばいい

「っ………はい、」

花蓮が溢した涙を見て、
お互いの5年間は空白ではなかったのかと悟った

別れても想っていてくれたのかと、
自惚れてもいいかな


「ずっと、会いたかった」

君からのその言葉だけでもう十分だ

「ごめんな、自分勝手で」
「ほんとだよ馬鹿」
「忘れないでいてくれてありがと」
「陽人のその憎たらしいほど大好きな笑顔、忘れるわけ無いじゃん」


涙目で斜め上の俺を見つめる花蓮に、

その言葉を言い放つ花蓮に、

心が痛く、熱く、嬉しくなった


「__ほんと、ありがと」

好きでいてくれて、
忘れないでいてくれて、

もう一度、隣にいさせてくれて__



風が吹き、
薄く桃色に染まった桜の花びらが俺たちを包むように舞い散る

柔らかい笑みを溢す二人の心は、
風に舞う花びらのように優しく激しく鼓動を鳴らしていた


プリ小説オーディオドラマ