「僕もう疲れたわ」
彼の肺から溢れ出た煙は空に落下してやがて消えていく。喋る度に再びその現象の再生ボタンを押して落下させていく彼を眺めながら相槌を打つ。
「そう。…なんのことや?」
目の前が自分の口元から出た煙で沁みる。煙を払ってベランダから見える景色を拝めば紅葉が綺麗に映っていた。そういえばもう秋だったんや。とかすかに思うが拙い感傷すらも口に出さぬように隠す。
「なんかな。つかれたんよ」
ベランダの柵に体を預けると風に吹かれて彼の藍色のスーツがふわりと夜風にたなびく。ベランダの柵の反対側に点在する真っ白に塗りたくられた壁のその先を見つめる目はとてもくたびれたのような目付きだった。
「そうなんか」
そう零して彼から目をそらしてぼんやりとタバコの先のやんわりと侵略するような煙草の火を見つめる。そういえばこんなゲーム昔やった気がするな。なんだっけ。覚えてないからきっと重要じゃないな。
「もっとないんか?」
きっと責め立てるように言う計画の言葉が彼の言葉の端の音程を上げる不思議な癖で質問のように聞こえる。もっと?だけど当然の返答しかストックにないから優しいものを期待するなら俺以外がいると思ったりする。
「お前が疲れるのはいつもの事やろ」
そうぼやくと彼は一瞬気を害されたかのように目が揺れるが後にその傾向も崩れ、目を伏せて言葉を辞書から一つ一つ抜き取るが如く繊細さで彼は言葉を紡ぐ。
「僕は、今回は、今はむりだと思うよ」
予期したところで別になにか出来たわけじゃないけれどもっと早く知りたいなぁと自分らしからぬ子供じみた考えでおもう。どこか遠くで煙の空中への落下音と優しいほほ笑みが聞こえる。
ずるりと心に垂れ込んできたそれに否おう無くそして仕方なく降参する。
「俺に何か出来ることはあるん?」
心無いと散々言われてきた自分らしくないな、とふと思う。だけれど口に出た言葉は戻らないし俺の打ち立てた言葉に寄りかかってきたら必然的に責任を持たなければいけないことに酷く憂鬱を感じる。
「…なんや、優しいな」
自分に言及せず俺に言葉をなげかけてくる彼の総称的に的はずれなぐちゃぐちゃの脳内に感謝して彼の答え口と頭の中で転がして彼に向かって吐き捨てる。
「優しい人間なんてもうおらんよ」
そうすると彼は少し秘めたような口元にその華奢で長い指先を口元にやんわりと触れながら花を咲かせるようにふんわりやんわりと笑う。
「ならお前はエイリアンか?」
なんか、聞き覚えがあるな。そう思うが脳内を探し回っても元ネタは見つけられず肺に心地よく溜まる煙と違うまるですらいむを飲み込んだかのような不快な感触に捕われる。ふと、現実に目を向けると彼が少しだけ優しそうに俺の帰還を待つかのように微笑んでた。
「エイリアンなんていないやろ。いたとしても地球外生命体が正しい名前ちゃうん?」
彼は少しだけ驚いたように瞳孔を震わせてからやんわりと言葉を咀嚼する。あぁ。そうやって考え込む姿はやけに様になってると思う。時々体重をあずける足を変えながら長いまつ毛を時々ピクりと動かして瞼が時々眼球に触れて風船のように膨らんでひらべったくなる。
「せやなぁ…もしかしたらエイリアンいないかもしれんけどさ、もし居たらさ、それでエイリアンになったら、…疲れないのかな」
彼は口を開いて廃れた言葉を吐く。
同意してるのに僅かに矛盾してる彼の答えに少し戸惑いながら洗濯機のボタンを見ずに押すように半自動的に思考を回す。
「そんなの、分からんわ」
そんないるかも分からない生物のあるかも分からない概念を考えたところで答えは当然でないと言うことを含めた言葉を伝えると彼は少しガッカリしたように肩の力を抜き、彼の小柄な体には不釣り合いで少し不思議な印象を与える長い腕を空中に這わせるようにぶらりと揺らす。
「そうか…残念やなぁシッマならわかると思ったのに」
そんな期待をしないで欲しいと切に願う。それに、俺はお前が思ってるような人じゃないということにもそろそろ気づいて欲しいが気づかれたらそれはそれで悲し
「でもまぁお前らしいっちゃお前らしいな」
…。今までの思考が全部ゴミになったことを少し悼みながら思考をリブートさせて行く。
とりあえずもう見るにも聞くにも耐えないこの台本のような言い回しもそろそろ足が絡まって倒れそうだから早々に切り上げようと言葉を甘く塗りたくって彼に差し出す。
「…そうけ…ま、くだらんエイリアンのことを話すぐらい疲れてるんなら今日だけ編集代わりにやったるで?」
そう言うと彼は子供のようにキラキラと目を輝かせて頭を下げてくる。やはりそれぐらいか、という安心感と謎の疲労感を感じる。この冷たさは友人同士の中にしては些か奇妙なものに見えると思ったのは気の所為だろうか。
「ふぁ!?あ、ありがとな…!」
なんでもないというふうに手をヘラヘラ振りながら自分の吸ってたタバコを灰皿に押し付けベランダを伝って部屋の中に戻る。微かにに鬱の声が聞こえたような気がしたが気の所為だろうし耳にへばりついた声を払って彼から何故か最近貰った水色のパソコンを取りに僅かに足を早めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!