プルルルというスマホ定番の着信音が心地よい睡眠から目を覚ます。目を擦りながら体を起こしてベッドのそばに置いてる携帯を拾い上げて半分無意識に電話に出る。
「もしもし…」
眼鏡をかけながら電話に出ると電話口からは聞きなれた少し高めの声が漏れる。
「あ、こんばんは」
いつもより抑揚やら癖の強い方言が消え失せた声に何故か少しだけ危機感を感じる。
「大先生…こんばんはどうかしました?」
眼鏡を未だ閉じようとしている目にかけて電話口にいつもより小さく言う。
「死にたい」
その一言で携帯を取り落としそうになり体の全身から血が抜けていく感触と必死に戦いながら眼鏡を鼻筋で押し上げながら短い疑問符を口に出す。
「だ、大先生?」
その声はいつもより高く震えてもはや元の言葉が分かるかどうかすら怪しかった。なのにからはいつもの様に微笑を漏らして緩やかに答弁する。
「ごめんな、死にたなってもうたわ」
心を潤す水も受け付けないとでもいうようにヘラヘラしたように禁句をぺらぺらと口に出していく。
「なん、で…」
緊張と、不安と、ごちゃまぜになった感情で嘔吐しそうになり口元が引きつった笑いを浮かべる。
「…なんか…色々…あったんや」
すぅ…っと息を吸って吐く。酸素が回らず浜辺に打ち上げられた魚介類のようにぱくぱくと口を開け閉めしてからようやく口から言葉を絞り出す。
「いや…です…死なないで…」
あまりにも動転して外れた敬語に電話の向こうの彼は今までの少しつらそうな態度を取り止めてカラカラと笑い出す。冷汗でズレたメガネを押し上げて笑う彼に問う。
「大先生…?」
彼は爆笑しながら言う。
「チーノ騙されてもうたな?イタズラやで?」
あ。
「なん…だ…」
どっと肩の力が抜けてベッドに倒れる。
いつの間にか情けなく涙が零れてしまっている目元を拭う。
「…まぁなんとなく…ありがとな」
その声は少しだけ際ほどの嘘を着いた時よりも細々てした声だった。
「…ほんまに嘘ですか?」
電話口の向こうからはひゅっと空気がタバコに怪我された喉を通る音がする。
「どう…かな?」
瞼の裏で貼り付けたような笑顔が浮かびとても…とても不安になって喉からしぼりだした声を出す。
「…大先生…!」
ツーツーツー
だが電話は呆気なく切れた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!