「なぁ。大先生ってなんでタバコ吸ってるん?」
嫌煙家の彼は煙を僕よりもかなり綺麗なはずの肺に吸い込まないように十分距離を取りながら聞く。
「まぁ。昔から吸っとるし…習慣…じゃないかな」
別に煙草は昔ほど好きじゃないしな。
そう心のなかでつぶやく。
彼は非常にわかりやすくキョトンとした顔をして更に聞く。
「ハハ!習慣?なんやその答え」
彼はキョトンとした態度崩してゲラゲラ笑って言う。
僕はその様子に少し苦笑いを浮かべて答える。
「なんや…ってタバコを吸う習慣や。てかお前には関係無いやろ」
彼は少し失礼とも取れる俺の物言いに対して少し腹を立てたかのように言葉を返す。
「何や…その言い方。でもな?タバコって体に悪いんやで?あんま吸わへんほうがええんとちゃうん…?」
「…あのなぁ?俺はもうタバコには傾倒してるんや。だからそれは無理な相談やねん。てかお前には関係ないんやからグチグチ言うなや」
僕からしたら十分にもうわかってることを言われてしまい少し棘がある言い方をしてしまったと口に出した瞬間わかったけれどもう遅い。
すうっと彼の周りの空気が凍りつく。
いつも騒がしい彼には似合わないと刹那思う。
「…あ?…でもな俺タバコ吸ってる鬱先生きらいやで」
彼はこちらを冷めきった目でにらみつけるかのように言い放つ。
自分の体からすっと血の気が引いていて、自分の指先が氷のように冷え切ってくのが分かる。
「っぁ…なんやそれ」
俺は努めて普段のあっけらんとした『鬱先生らしい』態度を意図的に出しながら聞き返す。
「そうやって…自分の体どんどん壊してく鬱先生なんか嫌いや。大嫌い。そんなん見せられて何もできひん俺はどうなるんや」
結局自分の話か。
そう言い返そうとしても何かが喉に詰まったようで言葉が出てこない。
頭の中で彼の嫌いという言葉がなぜか反芻する。
「なんや…嫌いって」
俺は自分でも嫌いになるほどへらへらとした笑顔を作ることしかできない。
彼はまるで憐れむかのように翠玉の慧眼をこちらに向ける。
僕の汚く濁った青色の目とは大違いだ。
「…あんまとやかく言いたくはないんやけどな。俺にはお前が自分を壊そうとしてるふうにしか見えへんの…」
「そんなわけ…」
「お前昔っから不倫とか、わざと人を苛立たせるような言い方とかして…自分から死地に飛び込んでるようにしか見えへんねん」
彼は小声で"俺から見たらってことやけど"と付け足す。
は?そんなわけ無いやろ。
そんな簡単な答えすら言葉に出せない。
冷汗がつうっと流れるのがわかる。
「…まぁ…これはホンマに俺の勝手な考えなんやけどな」
彼は目を合わせずに言う。
まるで頭にノイズがかかったみたいでまともに思考が回らない。
きっと酸欠患者はこんな状態になるんだろう。
「タバコは…やめてほしいんや。今日明日とは言わへんけど…いつか…」
彼ら期待を込めるような目で見て。彼らしくない優しい声色で付け加える。
「俺はな?たばこを吸う鬱先生は嫌いや。だけど鬱先生は好きやから。早死しちったらおもろくないやろ」
…あぁ。ずるいなぁ。
早死する予定なんかないんだけどな。
心のなかでつぶやく。
そして俺は笑いながら長い時間をかけて決めた鬱先生らしい嘘に塗れた言葉を口にする。
「…善処するわ」
俺は彼が気に病まないようにできるだけ明るく笑う。
「おう!ありがとうな!」
彼は子供のように純粋な澄み切った目で言う。
これだから嘘を付くのは嫌なんだ。また煙草が吸いたくなってしまったやんけ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。