第24話

今更、ね?
391
2020/10/11 12:41
この我軍は幹部の班を見分けやすくするためどこかに必ずその班の色が入っている。 
それは偶然かだいたいその人の性格を表す色になりやすい。

(まぁ紫は好きだし特にその決まりに異論はないッスね…)

そう思いながら紫色のジャケットを羽織って自分が隊長を務める遠距離射撃の部隊の集合場所に早足で赴く。
部屋に入ろうとしてドアノブを触ると中から明らかに蔑むような口調が聞こえてドアノブをぱっと離す。
だけれども好奇心に勝てず耳をそば立てて聞く。
こんな格好が見つかったら間違いなく怪しまれるがここの廊下はあまり人が通らないのがせめてもの救いだ。

「…隊長って…なんで紫色なんすか?…」

耳障りのキンキン声の男の声が聞こえる。
彼の質問に首を捻る。

(いや、幹部は全員固有の色を持ってるでしょう…?)

「…総統様がきめたんだ。仕方ないだろ」

最年長の男の気迫のある声が響く。

(仕方ない?)

その疑問は男の声となり空間をふるわせる。

「え…何が仕方ないんすか?」

先程の男が戸惑ったようにとして聞く。

「…知らないのか?…まぁ言っても害は無いだろう。それはな5年ほど前に別の紫の幹部がいたのだ。その幹部は兄さんと言ってな…なんでもそつなくこなす天才的なお方だったのだ」

(天才…)

息を飲んで彼の話を聞く。
こんな話もう聞かなくてもいいのにと思う理性をおしえつけて彼の話を洗脳されたかのように聞き続ける。

「彼はとても素晴らしい隊長だった。素晴らしく優秀だった。今の隊長もいいが…」

明らかに不満を含んだ声で彼はつぶやく。

「俺は今でも紫色の隊長は兄さんだと思ってる」

その言葉で今まで詰めあげたものが全部ガラクタになる幻想が見えた。

(俺は紛い物なんですか…?)

点滅を繰り返す視界で何とか頭を働かせようとする。
その間も彼らの言葉は濁流のように入る。

「まぁショッピ隊長はあんまし強くないし…ねぇ?」

「愛想はないしほかの幹部とは仲悪いしな」

傷つけることを意図したかのような声に苛まれながらもいつの間にか足は自然に動いてどこに行くべきかわかるかのように移動する。
気づくと目の前には彼の執務室がある。
自分が扉をノックする音と重なるように中からは時折紙をめくる音が微かにする。

「あの…」

空いている扉から顔を覗かせる。
そうするとパソコンにタイプするカタカタという音が止まり彼が少し微笑んで顔を上げる。

「あぁ外資系か。なんだ?」

相変わらずその煩雑な呼び方に歯ぎしりしそうになるのを堪えて用意をしていた言葉を彼に投げかける。

「…あの、総統、いやグルッペンさんにとって正しい紫色は誰ですか」

彼は一瞬硬直して問い掛けを咀嚼してからからも困ったように目を細めて笑う。

「なんの事だか…」

彼が言い終わる前に新しく言葉を紡いで彼に向かってぶつける。

「ここには前に兄さんって人がいたんすよね?」

彼はあからさまに顔を歪めて目をそらす。

「居たが…」

「なら分かるでしょう?」

少しイライラしながら言う。

「すまんな。外資系よく分からないな。それでは予定もあるので失礼させてもらうゾ」

彼は席を立って逃げるかのように扉に向かって早足で歩いてドアノブに手をかける。
理解してくれない。
いや、理解しない彼に軽い怒りを覚えながらもその後ろ姿に向かって再び質問を問い掛ける。

「僕と兄さん正しい紫はあなたの中で誰なのですか」

彼は振り向いた時とても悲しそうな目をしていた。
あぁ。きっと僕は彼の紫じゃないと漠然と理解した。
その途端先程までの問いつめたい気持ちは掻き消えて残されたのは目がヒリヒリする嫌な感触だった。
この人の前では泣きたく…無い。
そう思い彼をおしのけてドアをでる。
こちらを異様な目で見る一般兵をおしのけて自分の部屋に逃げるような入ろうとする。

「おー!ショッピくんやん!」

その大きな声に驚いて振り返るとそこには彼がニコニコしながら立っていた。

「うるさい!」

思わず怒鳴ると彼は怯んだかのように体を縮める。

「ショッピくん…す、すまんな?」

彼は本当に申し訳なさそうに謝る。

「…いえ。では失礼させてもらいます」

今の激情で忘れていた涙がまた出てこようとして煩わしい。
部屋に入ろうとすると彼は慌てて手首を掴む。
振り返ると少しぼやけたコネシマの姿が目に入る。

「ショッピくん…大丈夫…?って泣いとるやんけ!どうしたん?」

動揺してるのか震えた声で聞かれる。

「なん…すか…目にゴミが入っただけっすよ。大丈夫っすよ」

彼の手を払って必死に涙をふこうとしても涙がまた溢れるようにして出てくる。

(一般兵に否定されただけやから)

(総統に本当の紫じゃないと思われただけですから)

「大丈夫じゃないやろ!」

彼は大声で言う。

「何があったか言ってみぃや?」

(言えるわけが無いじゃないですか…)

5年前から…いやずっと前からいるあなたなら兄さんとかいう人も知ってたでしょう?
そんな天才的な人に勝てるわけが無い。

「なんでもないから…」

「ショッピくん…?俺はお前の先輩やで?さすがになんかあったら分かるで」

彼の目を見上げると彼ははどこまでも澄んだ水色の瞳で見返してくる。

(そんな目をして見られたら嘘なんか…)

「っ…兄さんって知ってますか」

知ってるはずなのは分かってるのに
一応質問する。
彼は少し笑ってそして目を寂しそうに細めて言う。

「おん。知ってるで」

「彼も紫だったんですよね…だから自分が全部存在しないように見えて…苦しくて…」

彼は少し考えてから意味がわからないという顔をする。

「でもショッピくんはショッピくんやから関係ないやん」

「は…?」

人の悩みを正面から撃ち抜くようなまっすぐな答えに腑抜けた声を出す。

「ショッピくんが何色でもショッピくんはショッピくんだから大丈夫やで」

彼の少し大きい声を聞くとこんなことで心配してた自分が馬鹿に見える。

「っ…そうでしたね」

いつもの快活な声で笑う。

「おん。あ、せやショッピくんちょっと渡したいもんあるから俺の部屋来てや」

少し不思議に思いながら彼の後を継いていく。
彼の部屋には乱雑に積み上げられた本が大量にあった。
その奥から紫色のスカーフを引っ張り出してそれをこちらに向かって投げる。
両手でキャッチすると彼はニコッとして言葉を零す。

「それ兄さんのやで。多分もらって欲しいと思うからあげるわ」

少し困惑しながら首にまくと少し心が落ち着く気がした。

「…ほんま色々ありがとうございます」

「素直なショッピくん…なんか、こう、気持ち悪いわ」

彼は笑いながら言う。

「うるさいっすよ」

自分も笑いながら言って部屋をでる。
ふと首の後ろになにかが当たる気がしてマフラーを外して見る。
そこには少し外れた裏地に手紙が入っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めまして。この手紙を読んでくれてる人。
僕は兄さんです。
愛称だけど僕の名前より馴染むからこれを使うよ。
僕は多分これから死ぬ。
僕は自分がいつか近い未来で死ぬとずっと分かってた。
不治の病だってさ。
特段苦しくはない。
だけど残して言った人ご心配だからこの手紙を書くね。
遺書…に近いかもね。
だからとても優しいみんなに言葉を残してこうと思うよ。

グルッペンへ
あんまり甘いものを食べ過ぎないでね。あんまり自分を責めないでね。グルッペンはいつも1人で先を見ちゃうけどだからといって決してひとりじゃないからもっと人を頼ろうね。
グルッペンは何も悪くないよ。

鬱先生へ
相変わらずガバばっかりやってるかな?自分をいつも責めてしまってるかな?でもね、鬱は無能じゃない。君がどれだけ人の事を大切にして行動してるか知ってるから。だから大丈夫。大丈夫だよ。

トントンへ
まだ素っ気なく愛想なくやってるのかな?僕は素直になって欲しいと思ってるけど押しつけは嫌いなのはわかってるよ。だけど本当の君は凄い素敵な人って分かってるから。人は君を嫌わないよ。人を信じても大丈夫だよ。

コネシマへ
いつも僕に元気をくれたね。いつも励ましてくれて治るって約束してくれたのに約束を破ってごめん。でも君の言葉は全部僕の大事なものだから。だからもっとたくさんの言葉をいろんな人に届けて欲しいな。

オスマンへ
いつもお見舞いに来る度に美味しい食べ物を食べさせてくれてありがとうね。すごい美味しかったよ。いつも優しい言葉を掛けてくれてありがとうね。僕が死んでもどうかその笑顔に陰りがないことを願うよ。

ひとらんらんへ
唯一君は僕が死ぬことをわかってたね。誰にも言わないでくれたかな?どうだろう。でも君の言葉で僕安心して逝けるから。どうかそんなことを言ったことを悔やまないでくれ。この手紙も君の案だから。

ゾムへ
いつもハチャメチャで真っ直ぐでとてつもなく君が眩しく見えたよ。だけれどその中身は心配性で優しくて本当に君といた時間は楽しかったよ。ありがとうね。

ロボロへ
いつも重い話をせずに軽い話を重ねてだべってた時間が大好きだったよ。いつもみんなの面白い話とか聞かせてくれてありがとうね。次があれば君のことももっと聞かせて欲しいな。

シャオロンへ
楽しそうに人のことをからかって快活に笑う君の笑顔が好きだよ。いつ電話しても起きてて優しい声で慰めてくれてありがとうね。どこまでも救われたよ。

まだ僕が知らない人たちへ
きっと君がこの手紙を読む頃には僕は死んでると思う。君たちの姿を見たかった。君たちの声が聞きたかった。死んでしまったことが何よりも悲しいよ。ごめんね。

追記
新しい紫へ
君は僕じゃなく紫でもなく君の本質は君だよ。
だけどそれでも辛かったらこのスカーフをあげるよ。ほら、だから笑って?

最後にみんなへ
あぁ。みんなにこんなものしか残せなくて死ぬのがどうしようもなく悔しい。
俺は死んでしまうからどうか俺の代わりに幸せになってくれ。
どうか最後には笑っていておくれ。
もう時間らしいや。ごめん。さようなら。

兄さんより
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後になるにつれ文字は震えている。

「っ…はは。こんな手紙今更どうしたらいいんですか」

少し苦笑いをしながら手紙をポケットに滑り込ませる。
いつの間にか涙は止まっていた。

プリ小説オーディオドラマ