第25話

たぶん、きっと、ヤキモチ
7,250
2021/05/27 04:00
クラスメイト
松田、それ重いだろ?
俺が持つから貸して
松田 結々花
松田 結々花
……ありがとう!
私の手からサッと木の板を取り上げて、軽々担いでしまうクラスメイトに小さく感嘆の声をあげる。

やっぱり、男子は力持ちだな。
桜庭 杏
桜庭 杏
結々花ちゃ〜ん!
こっち手伝ってくれない?
松田 結々花
松田 結々花
うん!今行く〜!
───ガヤガヤと賑やかな校舎横。
いよいよ、今週末に迫った文化祭に向けて、私たちは準備の真っ只中。

客呼び用の看板や、クラス展示、屋台の装飾に、衣装合わせなど。

やることだらけで慌ただしく過ぎていく時間。
桜庭 杏
桜庭 杏
あ、
松田 結々花
松田 結々花
どうかしたの?
桜庭 杏
桜庭 杏
油性ペンのインクが
出なくなっちゃったみたい
桜庭 杏
桜庭 杏
新しいの教室まで取りに行かなきゃ
手元の油性ペンに視線を向けて、ふぅとため息をひとつ零した杏。
クラスメイト
おーい!桜庭〜
ちょっと、こっち見てくんね?
油性ペンを取りに行こうと立ち上がった杏を、引き止めるクラスメイトの声。
松田 結々花
松田 結々花
あ、じゃあ油性ペン、
私が代わりに取ってくるよ
桜庭 杏
桜庭 杏
ごめん、結々花ちゃん!
お願いしていい?
松田 結々花
松田 結々花
うん!
教室に向かう足取りは軽い。
この時の私は、ちょうどいい気分転換になりそうだな、なんて思っていた。
***

だけど───。
松田 結々花
松田 結々花
……?
たまたま通りかかった空き教室から、話し声が聞こえて思わず視線を向ける。
松田 結々花
松田 結々花
───っ!
そこには椅子に座った見知らぬ女の人に、楽しそうにメイクを施す唯月がいた。

……あんな顔、知らないかもしれない。
私にメイクをする時の唯月くんはいつも、どちらかと言えば無表情で、真剣な眼差しをしていた気がする。
松田 結々花
松田 結々花
やだ……
小さいけれど、ハッキリと自分の耳に響いた自分の声。

唯月くんが、自分以外の子に触れていることが、苦しくて目じりにじんわりと涙が滲む。

他の子に、触らないで欲しい。
……言えたら、どんなに楽だろう。
松田 結々花
松田 結々花
あっ、
ひと段落ついたのか、メイクする手を止めた唯月くんと目が合う。

内心、ヒヤリと嫌な汗をかいたけれど、なぜか目をそらすことは出来なくて。

ギュッと結んだままだった唇を、勇気を出して開いた。
松田 結々花
松田 結々花
……唯月くん、あの
中条 唯月
中条 唯月
……ごめんな
松田 結々花
松田 結々花
えっ、
中条 唯月
中条 唯月
ごめん
予想外の言葉に首を傾げても、唯月くんがそれ以上を応えてくれることはない。

───『ごめん』

その3文字に、どんな思いが込められているのかすら、私は推し量れずにいる。
篠原 帆南
篠原 帆南
あ、この子が
前のプリンセス?
松田 結々花
松田 結々花
……っ、あ、
篠原 帆南
篠原 帆南
代わりに頑張るから
安心してね!
ニコリと微笑む篠原先輩は、聞いてた通りの美人で、私との差なんて明らかだった。
中条 唯月
中条 唯月
……篠原、続きやるぞ
篠原 帆南
篠原 帆南
はーい。
じゃあ、またね〜
唯月くんのそばにいるのは、もう私じゃない。

他の子と一緒にいる唯月くんを見るとモヤモヤする気持ち、これがきっと……ヤキモチなんだ。

どうして、もっと早く素直になれなかったんだろう。今更戻れない距離を悔やんだって仕方ないのは分かってるのに、それでも……

戻れるなら、唯月くんの隣に戻りたいと願ってしまう。

プリ小説オーディオドラマ