私の手からサッと木の板を取り上げて、軽々担いでしまうクラスメイトに小さく感嘆の声をあげる。
やっぱり、男子は力持ちだな。
───ガヤガヤと賑やかな校舎横。
いよいよ、今週末に迫った文化祭に向けて、私たちは準備の真っ只中。
客呼び用の看板や、クラス展示、屋台の装飾に、衣装合わせなど。
やることだらけで慌ただしく過ぎていく時間。
手元の油性ペンに視線を向けて、ふぅとため息をひとつ零した杏。
油性ペンを取りに行こうと立ち上がった杏を、引き止めるクラスメイトの声。
教室に向かう足取りは軽い。
この時の私は、ちょうどいい気分転換になりそうだな、なんて思っていた。
***
だけど───。
たまたま通りかかった空き教室から、話し声が聞こえて思わず視線を向ける。
そこには椅子に座った見知らぬ女の人に、楽しそうにメイクを施す唯月がいた。
……あんな顔、知らないかもしれない。
私にメイクをする時の唯月くんはいつも、どちらかと言えば無表情で、真剣な眼差しをしていた気がする。
小さいけれど、ハッキリと自分の耳に響いた自分の声。
唯月くんが、自分以外の子に触れていることが、苦しくて目じりにじんわりと涙が滲む。
他の子に、触らないで欲しい。
……言えたら、どんなに楽だろう。
ひと段落ついたのか、メイクする手を止めた唯月くんと目が合う。
内心、ヒヤリと嫌な汗をかいたけれど、なぜか目をそらすことは出来なくて。
ギュッと結んだままだった唇を、勇気を出して開いた。
予想外の言葉に首を傾げても、唯月くんがそれ以上を応えてくれることはない。
───『ごめん』
その3文字に、どんな思いが込められているのかすら、私は推し量れずにいる。
ニコリと微笑む篠原先輩は、聞いてた通りの美人で、私との差なんて明らかだった。
唯月くんのそばにいるのは、もう私じゃない。
他の子と一緒にいる唯月くんを見るとモヤモヤする気持ち、これがきっと……ヤキモチなんだ。
どうして、もっと早く素直になれなかったんだろう。今更戻れない距離を悔やんだって仕方ないのは分かってるのに、それでも……
戻れるなら、唯月くんの隣に戻りたいと願ってしまう。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。