私の憧れの人がみんなにバレてから、数日。
昼休みに私のクラスまで来てくれた光くんは、私と杏を連れて中庭までやって来た。
光くんを半ば無視して、光くんの手からヒョイっと"練り香水"とやらを取り上げた杏は、
言いながら、私の首元にくるくると円を描くように塗ってくれる。
杏に負けじと、練り香水について解説してくれる光くんは、やっぱり知識が豊富だ。
ふんわり香る女の子って憧れるなぁと思っていたけど、いざ自分からいい匂いがすると、ちょっぴりドキドキしてしまう。
イタズラに笑う光くんに一瞬で緊張が走る。
……ど、どんなミッションだろう?
"ね?簡単でしょ?"とでも言いたげに、ウインクを決め込む光くんに、私は開いた口が塞がらない。
だ、だって……練り香水は液体香水よりもほんのり香るって言ってたし。つまり、グッと近付かないと気づかれないんじゃないの!?
───グイッ
不意に私の手首を掴んで、自分へと引き寄せた光くんにドキリと心臓が跳ねた。
その瞬間、フワッと香る練り香水。
……た、確かに……香ったけど、こんなに志賀先輩と近づくチャンスなんて絶対に訪れるわけないよ!
***
───放課後。
生徒玄関を出てすぐのところで、前を歩く唯月くんを見かけた私は駆け寄った。
それだけ言って、私との距離をグッと詰めた唯月くんに、一瞬、息をするのも忘れてしまう。
唯月くんが離れていく気配に、再び思い出したように酸素を取り込んで、勢いよく吐き出した。
サラッと告げられた言葉に、胸がジリッと焼ける音がした。
「帰るぞ」と歩き出してしまう唯月くんの後ろ姿に、自分じゃどうしていいか分からないくらい、胸がキューッと締め付けられて苦しい。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!