見下されることなんてとっくの昔に慣れている。
アイツのせいだ。アイツのせいで。アイツの。
アイツのアイツのアイツのアイツのアイツのアイツのアイツのアイツのアイツのアイツのアイツのアイツのアイツのせいで!!!!!!
そういって罵倒されることにも慣れている。
でも、実際それって自分の得じゃないことを相手に当たってなすりつけようとしてるだけだったりする。
ずっとそう。
だからもう慣れている。
そんな不運には慣れている。
でも、それこそが、慣れてしまっている自分こそが、一番の不運だったりする。
ああボクはなんて不運なんだ。
1
「ボクは普通の人間でした。何の取り柄もありませんでした。
ごく普通の家庭で、ごく普通な人生を送って、そしてごく普通に死んでいくだけ。
そんな人生に飽き飽きしてるんです。だからボクは、このオーディションを受けました。自分が普通じゃないような人間に、その中だけでもなるため。
別に主役になりたいとかは思ってないんです。黒幕とか、そんな大事な役になりたいわけでもない。その中のキャラクターに、『ダンガンロンパ』という作品のキャラクターにしてもらえるなら、ボクは自分の役割なんてなんでもいいんです。
生き残らせても人殺しさせても殺されても全員に見捨てられたとしても。
ボクはそこにいさせてもらえるだけで十分なんです。自分が主役にはなれないことくらいは自分が一番理解してますから。それに、なりたいだなんて感情、持ってませんので。」
これがボクの初めての『ダンガンロンパオーディション』でした。家に帰って結果を楽しみにしていた思い出があります。
ずっと。
ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと
そうやってしばらく待っていたある日、ボクの家に一通の手紙が届きました。
それはまるで。今回のオーディションを受けた作品の主人公のように。シチュエーションはまさにそれでした。
手紙に書かれていたのは、合格を示す言葉と、その作品の主人公になれるという知らせでした。
正直嬉しかったです。でも、それと同時になにか後ろめたさを感じました。自分がこの作品の主人公なんかに、この作品のキャラクターなんかになっていいのかって。初めての『ダンガンロンパ』がボクのせいで失敗したらどうしようって。
でもそんなボクに、制作陣の皆さんは優しく語りかけてくれました。
「君だからいいんだ」と。
喜びで口から心臓がこぼれ落ちるのではないかというくらい、ボクの感情は高ぶっていました。
そうして決まった後、ボクはダンガンロンパのシナリオなど、色々見せてもらいました。
そしてボクは、「ダンガンロンパの中の苗木誠」を見ました。
その時の気持ちは。
ただ羨ましかった。
苗木誠が。
希望が。
2
価値のある人間とそうでない人間って、生まれた瞬間から明確に分かれているんだ。ダメな人間はどれだけ努力をしたって価値のある人間にはなれっこない。
でもボクは。
ボクみたいなクズは。
ボクみたいな価値のない人間が!!!!!!
一度希望になれたんだ。
「覚えてますか?「ボクの名前は苗木誠だ」って。
懐かしいですよね。なにもなくて平凡で退屈な日々を送っていてそれでいて価値のない人間だったのに希望になれた。今思えばあの頃のボクは気づいていなかっただけで、持っていたのかもしれません。
気づいてなかっただなんて、なんて不運なんでしょう。まあ実際ボクの人生不運だらけなんですよ。今までは見方が違ったり、感じ方が違ったり様々でした。結局普通って感じるのも自分の感じ方次第なんです。ボクは今、その時自分が不利益だと感じることが不運だと思っています。あ、この意見は気にしなくて大丈夫ですからね。ただのゴミクズなボクの独り言なので。
さて、今回ボクがオーディションを受けた理由について話させていただきます。
ボクはもう一度「希望」になりたいんです。
欲深いですよね。前は主人公に、希望にならなくてもいいとか言ってたのに。正直欲には勝てませんでした。人間ですからね。
あの作品が出たあと、ボクは色んな人達に散々言われました。実のところあのオーディション、勝手にうけたんですよね。それで親には怒られるわ…後、学校に同じオーディションを受けてた人がいたみたいで、その人不合格だったみたいなんですよ。彼、生徒会とかの仕事をよくしていて、よくしていてみんなから信頼されているもんで…ボクに八つ当たりしてきたときにみんなあの人側についてこっち罵倒してきたのはとても不運でした。おかげで考え方とか、たくさん変わりましたよ。
…え?何の話をしているかって?
最初に言ったじゃないですか。「ボクは苗木誠だ」って。
…ああすみません。なんせ前回の名前だと応募出来なかったので、偽名を使わさせていただきました。わかりませんか?
苗木誠だ
ナエギマコトダ
アナグラムですよ。おわかりいただけましたか?
…そうですか、よかったです。もし、二回目を受けてはいけないならすぐに追い出していただいていいですからね。このオーディション会場に入れてもらえてるだけで、ボクは幸せですから。
それにボクはもう確信してるんですよ。大きな不運があった後には、大きな幸運があるってことに。
だから、もう一度ボクを希望にしてください。
もう一度ボクに希望を見せてください。
あのときのような、絶対的な希望をボクに。
そうすればボクはまたあの場所で生きていられる。また絶望を振りまいてくれる彼女を踏み台に希望になれる。
ボクは絶望を憎み、愛して、
希望を愛し、憎んでいます。」
まあまたなれないことくらいはわかっている。なれたとしても、もう一度主人公にはなれっこない。あのときのボクは「平凡だったから」主人公になれた。なにも持っていないからこそ、主人公になれる器があった。
環境と考え方が変わってしまったボクは主人公は、「苗木誠」はもう遠い存在だ。
今のボクの性格からも、見た目からも、苗木誠とは連想できない。
苗木誠が残ってるのは多分「ダンガンロンパ」だけ。
苗木誠は死にました。
視線を感じた。後ろからだ。振り向いてみると、そこには同年代くらいの男子高校生がいた。いかにも平凡で普通で、何も取り柄のないような、そんな人間。
どことなく昔のボクを思いださせる。
ふと、彼が何か言いたそうな顔をしていることに気がつく。ボクがそのまま見つめ返していると、彼は口を開き、こういった。
「お前って、苗木誠?」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。