それから、小原はよく俺の家に来るようになった。
俺の部屋で、ドーナツを食べながらたわいない話に花を咲かせるのは、公園でのサッカーと同じくらい楽しかった。
ある日、いつものように小原と家の中に入ると、姉の直子がいた。
当時JKを謳歌していた直子は、金と時間を全てメイクやおしゃれに費やしていた。親父と母さんとはいつも口げんかばかりしていたが、姉弟仲は良好だった。
多分、カレシはいたと思う。
帰宅したばかりでまだ戦闘態勢だった直子は、小原を見て目を大きく見開いた。
俺がうなづくと、小原も恥ずかしそうに頭を下げた。
直子は小原に近づくと、さらに小原の顔を凝視した。
俺は直子を押して、小原から遠ざけた。
どうやら直子は、小原にメイクをしたいようだ。
冗談じゃない。確かに、小原は男にしては中性的な顔立ちだけど、一応男なんだぞ!?
あの小原からは想像できないような、大きな返事が玄関に響いた。
俺はもちろん、直子も目を見開いた。だが、すぐに直子は満面の笑みを浮かべて小原の手を握った。
小原のメイクが終わるまで、俺は直子の部屋で待たされた。
暇なのでドア越しに耳をすませると、ふたりの楽しそうな会話が聞こえてきた。
なんで、小原は直子の無茶なお願いを了承したんだろう。
俺だったら、男だったら、絶対嫌なはずなのに。
窓から夕日が差し込んできた頃、ようやく入室の許可がおりた。
口を尖らせてドアを開けたが、すぐに口の形は元に戻った。
チェックのスカートが、ふわりとなびく。
雪のような肌、カールしたまつげ、透き通った瞳、ほのかにピンク色に染まった頬、艶々の唇。
もじもじしながらはにかむあいつは、俺には女の子にしか見えなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。