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第1話

一匹狼の後をつけて
6,672
2022/05/02 09:00
佳奈子
あ、いたいた! ほら、あっちのドアの近く


 今日は、友達2人と一緒にいつもより1本早い電車に乗っている。


 佳奈子かなこ興奮気味こうふんぎみに指を差したのは、同じ学校の制服を着ている背の高い男子だった。

 切れ長の鋭い目が印象的な強面だが、顔立ちは整っていて、窓の外に向けられたアンニュイな表情がそれをさらに引き立てている。

千月
あぁー、朝の気だるげな周防すおう先輩、かっこよすぎ!! むねが痛いわー


 千月ちづきは芝居がかった様子でYシャツの胸元むなもとをわし掴み、私にもたれかかってくる。

佐波 もも
佐波 もも
(顔が良いだけでしょ。あんな不良のどこがいいの?)


 だけど、私は咄嗟とっさにうれしそうな笑顔を作り、思ってもいないことを口にした。

佐波 もも
佐波 もも
朝から周防先輩を見れるなんてラッキーだね! 佳奈子かなこナイスッ!
千月
本当に! 佳奈子の情報力に感謝かんしゃ
佳奈子
ふふっ、任せなさい!!


 2人は私の言葉に乗って喜んでくれる。


 
 本音を言っても、良い事は1つもない。

 他人同士が理解し合うなんて、ありえないのだから。


 私は不仲な両親を見続けてそう学んだ。

佐波 もも
佐波 もも
(そもそも私の皮肉な言葉なんて、受け入れてもらえないだろうしね……)


 キラキラした目で周防先輩を見つめる2人はかわいいと思う。

 趣味しゅみは悪いけど……。

佳奈子
あ、けど私、ちょっと気になるうわさを聞いちゃったんだよね
千月
もしかして、先輩が停学処分ていがくしょぶん受けてたってやつ?
佳奈子
そう、他校生5人に大けが負わせて病院送りにしたんだってー
佐波 もも
佐波 もも
え!? 先輩にけがは?
佳奈子
わかんない。けど、ケンカは勝ったんだって。……かっこよくない!?
佐波 もも
佐波 もも
わかる! そのアウトローな感じもいいよねー
佐波 もも
佐波 もも
(わかんないわ! 本当にそんな男がいいのか!?)
千月
誰も寄せ付けない一匹狼vs不良5人だよね、たぶん
佳奈子
きっと、絡まれて返り討ちにしたんだよ!
千月
いいなー。妄想もうそうがはかどるわ


 みんなで「うんうん」とうなずいていると、駅に着いてドアが開く。

 周防先輩は足の間に置いていたかばんを持ち、足早に電車を降りていった。

 私たちは何も言わず当たり前のように周防先輩の後を追いかけ、学校までの通学路を歩いていく。

金髪の不良
おい、周防ツラかせ!


 不意に周防先輩の前に立ちはだかったのは、制服を着崩きくずし、ワックスで金色の髪を立たせた不良だった。

佐波 もも
佐波 もも
(電車で周防先輩を見つけた時点で嫌な予感はしてたけど、……まさか本当に不良に絡まれるなんて)
周防 実幸
周防 実幸
……


 しかし、彼は足を止めることなく、その不良の横を通り過ぎて行ってしまう。

金髪の不良
ふっざけんなよ!! おい!


 私たちも少し離れて通り過ぎようとした時、不良と目が合う。

金髪の不良
何見てんだよ? あいつの追っかけか? うぜぇな


 不良は眉間みけんにしわをよせ、にらみ付けながら距離を詰めてくる。

 その圧に怯えた佳奈子と千月の足は止まってしまい、私はかばうように2人の前に立って不良と対峙した。

佐波 もも
佐波 もも
ただ登校してただけですよ。やめてください
金髪の不良
なんだお前、生意気なまいきだなぁ?


 にぎりつぶされてしまいそうな力でうでを掴み上げられ、私が抵抗ていこうもできずに顔をゆがめていると。

金髪の不良
いってぇ!!


 その声と共に私の腕は放される。

 いつの間にか私のとなりには周防先輩が立っていて、不良の手をひねり上げていた。

 背の高い彼はかがんで不良の顔を覗き込む。

周防 実幸
周防 実幸
朝っぱらからやめてくれよ


 ローテンションで落ち着いた口調だけど、そのひとみ獲物えものを睨みつけるようにギラついていた。

 不良にさっきまでの威勢いせいはなく、周防先輩が手を放せば、すぐに走り去っていく。

佳奈子
す、周防先輩!! 助けてくれてありがとうございます!
千月
すっごくかっこよかったです! ありがとうございます!


 2人は私の後ろから出てきて、キラキラとした目で彼を見つめる。

 彼はぼーっとした目を友達2人に向けると、最後に私で視線を止めた。

佐波 もも
佐波 もも
(……不良だけど、悪い奴ではないんだ)
佐波 もも
佐波 もも
私も助けてもらってありが――
周防 実幸
周防 実幸
2度とその顔見せるな


 それだけ言い捨てると、こちらに背を向けた周防先輩は一度も振り返ることなく行ってしまう。

 一瞬いっしゅん、張り付けていた笑顔がはがれ、私はその後姿に目を見張った。

佐波 もも
佐波 もも
(はぁ? わけわかんない。やっぱ所詮しょせんは不良ってことね!)
千月
やばいって、惚れる
佐波 もも
佐波 もも
(今ので惚れるの!?)
佳奈子
拒否きょひられたけどかっこよすぎる。周防先輩最高
佐波 もも
佐波 もも
えへへっ、助けてもらっちゃったね~!
佐波 もも
佐波 もも
(これであってる?)
佐波 もも
佐波 もも
ほら、2人とも学校行こう!

 
 私たちはさっきよりも距離をおき、周防先輩の後を追うように通学路を歩いていく。


 お礼を言おうとしただけで、なぜあんな風に拒絶きょぜつされないといけないのか。

 モヤモヤとした不満を抱えながら、前を歩く周防先輩をぬすみ見ていると、こちらを振り返った彼と視線が重なる。

 何を考えているのかは全くわからない。

 だけど、どこかこちらの様子うかがっているような、そんな瞳をしていた。

 すぐに前を向いてしまったので、私は再びその後姿を見つめ続ける。

佐波 もも
佐波 もも
(訳の分からないおおかみには近づかないのが一番……か)






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