私が空き教室に通うのをやめてから、数日が経った。
実幸先輩と関わる前の日常に戻り、あの日々がどれだけ楽しかったかを思い知らされている。
委員会を終えて空き教室の前を通ってみたけど、ドアは1ミリも開いていなかった。
会わない方がいい。わかっているのに、気づくと実幸先輩を探している。
上履きから革靴に履き替えて、校舎から出ようとすると。
校門の前に彼がいた。
こちらには気づいていない様子で、実幸先輩はそのまま学校を出て行ってしまう。
遠のいていく背中を見て、私の中で恋しさと近づけない気持ちがぶつかり合う。
そばにいたい。ただそれだけ。
「外では近づくな」と言った実幸先輩の言葉を忘れ、私は静かにゆっくりと彼の後を追いかけた。
それが事の始まりになるとも知らずに、彼の背だけを目で追いながら。
しばらく歩いてそろそろ駅前に着く頃、私は4人の不良に囲まれていた。
そう絡んできたのはひょうきんそうな男だった。
そう言って笑うと、そいつは豹変したように表情を険しくする。
そのまま何も言わずに私の胸ぐらを掴み上げ、拳を大きく振りかぶった。
痛みに備えて目をつむると、不意に掴まれていた手が離れ、うめき声が聞こえる。
次に目を開けた時に見えたのは、私が追いかけていたたくましい背中だった。
地面に転がっていた男は立ち上がり、鋭い目つきでこちらを睨むと、また拳を構える。
それを合図に他の3人も実幸先輩に飛び掛かるが、彼はそれを素早くかわし、いなし、殴り返した。
4対1でも力の差は歴然としていて、実幸先輩が10人を相手にしたという話もうなずける。
そんなケンカが続いていると、周りに人が集まり始めた。
そう声をかけても、彼は最初に私を掴み上げた男を殴り続けていた。
獲物をかみ殺してしまいそうな鋭い眼光からは、今までに見たことのない怒りを感じる。
私は実幸先輩の体を背中から抱きしめ、大きく息を吸う。
叫ぶような私の声が届いたのか、彼は我に返ったように表情を和らげ、強く握りしめていた拳をほどいた。
そして、私の方へ向き直り、優しく頭をなでてくれる。
実幸先輩の頬には殴られたあとがあり、少し赤みを帯びている。
予想外の事故だったけど、私のせいで彼を傷つけてしまった。
やっぱり、私がそばにいると……。
明るい話ではないのに、彼はうれしそうに微笑んでいた。
話せるだけでうれしい。そう思っている気がした。私と同じ気持ち。
つられて私も笑みがこぼれていた。
ケンカは止められたものの、結局、通報で駆け付けた警察官に実幸先輩は連れていかれてしまった。
本当なら、私も一緒に連れていかれるはずだった。
けど、彼が「こいつは関係ない」と警察官に言い張ったことで、すんなり帰されてしまった。
その次の日。
私は、彼が二度目の停学処分を受けたことを知った。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。