第7話

彼は狼のように怒る
960
2022/06/13 09:00


 私が空き教室に通うのをやめてから、数日が経った。

 実幸みゆき先輩と関わる前の日常に戻り、あの日々がどれだけ楽しかったかを思い知らされている。


 委員会を終えて空き教室の前を通ってみたけど、ドアは1ミリも開いていなかった。

 会わない方がいい。わかっているのに、気づくと実幸先輩を探している。




 上履うわばきから革靴かわぐつに履き替えて、校舎から出ようとすると。

佐波 もも
佐波 もも
(実幸先輩!?)


 校門の前に彼がいた。

 こちらには気づいていない様子で、実幸先輩はそのまま学校を出て行ってしまう。

 遠のいていく背中を見て、私の中で恋しさと近づけない気持ちがぶつかり合う。

佐波 もも
佐波 もも
(少しだけ、話せなくてもいいから)


 そばにいたい。ただそれだけ。

 「外では近づくな」と言った実幸先輩の言葉を忘れ、私は静かにゆっくりと彼の後を追いかけた。


 それが事の始まりになるとも知らずに、彼の背だけを目で追いながら。





 しばらく歩いてそろそろ駅前に着く頃、私は4人の不良に囲まれていた。

不良1
なにー? 君も周防すおうのことつけてんの?


 そう絡んできたのはひょうきんそうな男だった。

佐波 もも
佐波 もも
別に関係ないでしょ。
あんた達こそ、実幸先輩にケンカ売ろうとしてんの?
不良1
そうそう、これからやるからさ。君、観客になってよ
佐波 もも
佐波 もも
自分が負ける姿を人に見せたがるなんて物好きだね


 そう言って笑うと、そいつは豹変ひょうへんしたように表情を険しくする。

 そのまま何も言わずに私の胸ぐらをつかみ上げ、こぶしを大きく振りかぶった。

佐波 もも
佐波 もも
(少しだけど時間はかせげるし、これで実幸先輩も無事に帰れるよね)
佐波 もも
佐波 もも
(けど、やっぱり痛いのは嫌かも)


 痛みに備えて目をつむると、不意に掴まれていた手が離れ、うめき声が聞こえる。

 次に目を開けた時に見えたのは、私が追いかけていたたくましい背中だった。

周防 実幸
周防 実幸
大丈夫か?
佐波 もも
佐波 もも
……なんで
周防 実幸
周防 実幸
悪い、またケンカに巻き込んだな


 地面に転がっていた男は立ち上がり、鋭い目つきでこちらをにらむと、また拳をかまえる。

 それを合図に他の3人も実幸先輩に飛び掛かるが、彼はそれを素早くかわし、いなし、殴り返した。


 4対1でも力の差は歴然としていて、実幸先輩が10人を相手にしたという話もうなずける。


 そんなケンカが続いていると、周りに人が集まり始めた。

佐波 もも
佐波 もも
(こんな一方的なケンカ、実幸先輩が悪者になっちゃう……かも)
佐波 もも
佐波 もも
先輩! もうやめましょう!


 そう声をかけても、彼は最初に私を掴み上げた男を殴り続けていた。

 獲物えものをかみ殺してしまいそうなするどい眼光からは、今までに見たことのないいかりを感じる。

通りすがりの人1
ねぇ、これ通報した方が良くない?
通りすがりの人2
あれ、そこの高校の制服だよな
佐波 もも
佐波 もも
(このままじゃ先生たちに知られちゃう!)


 私は実幸先輩の体を背中から抱きしめ、大きく息を吸う。

佐波 もも
佐波 もも
実幸先輩!! 私はもう大丈夫ですから!!
周防 実幸
周防 実幸
……もも、悪い。怖い思いさせたな


 叫ぶような私の声が届いたのか、彼は我に返ったように表情を和らげ、強くにぎりしめていた拳をほどいた。

 そして、私の方へ向き直り、優しく頭をなでてくれる。

佐波 もも
佐波 もも
いいんです。私がわざと挑発したから起きたことで……
周防 実幸
周防 実幸
バカ。なんでそんなことしたんだ
佐波 もも
佐波 もも
……それは
周防 実幸
周防 実幸
はぁ……、いい。想像はつく
佐波 もも
佐波 もも
ごめんなさい。こんなことになるなんて……
周防 実幸
周防 実幸
ももが無事なら問題ない。だから、そんな暗い顔するな


 実幸先輩のほおには殴られたあとがあり、少し赤みを帯びている。

 予想外の事故だったけど、私のせいで彼を傷つけてしまった。

 やっぱり、私がそばにいると……。

周防 実幸
周防 実幸
ケンカする俺のそばにいるのが嫌になったんだろ?
なんで……
佐波 もも
佐波 もも
それは違います!
違う……けど
周防 実幸
周防 実幸
らしくないな。いつもの笑顔は良いのか?
佐波 もも
佐波 もも
こんな時に笑えません
周防 実幸
周防 実幸
そりゃそうだな


 明るい話ではないのに、彼はうれしそうに微笑んでいた。

 話せるだけでうれしい。そう思っている気がした。私と同じ気持ち。

 つられて私も笑みがこぼれていた。





 ケンカは止められたものの、結局、通報で駆け付けた警察官けいさつかんに実幸先輩は連れていかれてしまった。

 本当なら、私も一緒に連れていかれるはずだった。

 けど、彼が「こいつは関係ない」と警察官に言い張ったことで、すんなり帰されてしまった。







 その次の日。
 私は、彼が二度目の停学処分ていがくしょぶんを受けたことを知った。






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