第9話

今度こそ
819
2022/06/27 09:00


 空き教室でぼーっと座り込んでいた私は、差し込んできた夕日を見てあきらめ、ふらふらと立ち上がる。

 ここで実幸みゆき先輩を待っていても来ることはない。


 昇降口しょうこうぐちを出て駐車場ちゅうしゃじょうに向かうと、そこにはもうお母さんの車はなかった。





 1人で帰ろうと校門を見ると、制服を着崩きくずしたガラの悪い男子たちが群がっていた。

 スマートフォンをいじりながら何食わぬ顔で通り過ぎようとするが、その内の1人にいきなりかたつかまれてしまう。

金髪の不良
よぉ、生意気なまいき


 そう声をかけてきたのは、初めて実幸先輩が助けてくれた時にいたあの金髪の不良だった。

金髪の不良
周防すおうの奴、また停学になったらしいな?
不良1
この女子をかばったって本当かよ?
金髪の不良
ガチだって。おい、ツラかせよ


 いやらしい笑みを浮かべたそいつらをにらみつければ、その笑みは一層濃くなる。

 持っているスマートフォンで録音アプリをひそかに起動させ、私はそれをポケットにしまう。

佐波 もも
佐波 もも
(……今度こそ)


 私は彼らに大人しくついていき、日が沈んでいく中、実幸先輩の顔を思い浮かべた。












 人通りの少ない空き地に連れてこられた私は、両手をしばられて地面に転がされていた。

 不良達は校門で見た時よりも増えていて、ざっと10人は超えている。

佐波 もも
佐波 もも
1人で太刀打ちできないからって、人質ひとじちを取って数で勝負?
金髪の不良
ははっ、自分の状況わかってるか?
生意気言ってると、周防が来る前に殺すぞ
佐波 もも
佐波 もも
実幸先輩は来ないよ。
私のせいでまた停学になっちゃったんだから、きっともう関わりたくないって思ってる
金髪の不良
わざとだって知らないのか?
不良1
よく俺らの世話を焼こうとする警察のジジイに、お前を巻き込みたくないから自分がケンカを売ったことにしてくれって頼んだんだよ
金髪の不良
つまり、お前を人質にとれば絶対に来る。
バカなナイト気取りがなぁ
佐波 もも
佐波 もも
……ひきょう者
金髪の不良
何とでも言えよ。
これであいつを退学にして、痛い目にわせたらこっちは満足なんだよ


 大笑いする不良達にいら立ちがつのり、私は声を張り上げる。

佐波 もも
佐波 もも
退学になって痛い目見るのは、こんなバカなことするあんた達の方だっての!!
金髪の不良
はっ、だから、生意気言うなって言っただろ!!


 そいつは身動きの取れない私をろうと足を後ろに引いた。

 だけど、私が恐怖きょうふを感じることはなかった。

 不良の背後に現れた、彼に気付いてしまったから。

周防 実幸
周防 実幸
やめろ!!
佐波 もも
佐波 もも
……実幸先輩


 彼の回しりがわき腹に入った不良が目の前に倒れ込んだ。

 それを軽々と持ち上げて投げ飛ばし、実幸先輩は私の体を支えて起き上がらせてくれる。

周防 実幸
周防 実幸
走って逃げろ
佐波 もも
佐波 もも
先輩は!?
周防 実幸
周防 実幸
こいつらの相手をしないとな


 私の手首のなわをほどくと、彼は周りを囲む不良達を見回す。

 素早く立ち上がって構えたとたん、3人が同時に殴りかかってくる。

 実幸先輩なら大丈夫。そう思っていたのに、彼はけることなく彼らのこぶしを受けてしまう。

佐波 もも
佐波 もも
(私がそばにいるから動きづらいんだ)

 
 あわてて立ち上がって先輩から離れるようとすると、後ろにいた不良に腕を回され、また捕まってしまった。


 それを見た実幸先輩はまたいくつものりやパンチをくらい、ひざをついてしまう。

佐波 もも
佐波 もも
危ないのに!
なんで来たんですかっ!!?
周防 実幸
周防 実幸
……こいつらからももを捕まえたって電話があった
佐波 もも
佐波 もも
だからってのこのこと現れるバカがいますか!?
佐波 もも
佐波 もも
こんなの怖くないです!
……先輩に迷惑かけずに解決したかったんです!
金髪の不良
バーカ!
無理に決まってるだろ!
佐波 もも
佐波 もも
私はあんた達に勝ちたいわけじゃない!
暴力を振るわれて良かったんだ!
そしたら先生達に実幸先輩は悪いことをしてないってうったえられるんだから!!
佐波 もも
佐波 もも
……なのに、なんで来ちゃうんですか
周防 実幸
周防 実幸
お前が傷つくのなんて見たくないからだ
佐波 もも
佐波 もも
(実幸先輩も私と同じことを……)


 心の中にまっていた気持ちがすっと消えていく感覚と一緒に、目から涙があふれていた。

 視界がぼやける中、実幸先輩は諦めることなく、大勢を相手に戦っている。

 本当はケンカなんて好きじゃないのに。

 面倒くさがり屋で、平和主義で、……優しい人。

佐波 もも
佐波 もも
嫌われたと思ってた。
……実幸先輩!
本当は!
助けに来てくれてうれしいです!


 ちゃんと気持ちが届くように精一杯さけぶと、彼は私に視線を向けてニッと笑みを浮かべる。

 私が涙を流しながら微笑み返せば、彼はまた視線を戻し、不良達を倒していく。


 私を捕まえている人はそれを焦った様子で眺めていた。

 そのすきに回されている腕に勢いよく噛みつく。

 短い悲鳴と共に解放され、私は持ち上げた自分のスクールバッグを勢いよく振り回した。

佐波 もも
佐波 もも
もうっ! どいてよ!!


 実幸先輩のおかげで私の行く手を阻むのは1人だけだった。

 その不良に向かってバッグを投げつけると、油断していたその人は顔面に直撃を受け、そのまま倒れてしまう。

佐波 もも
佐波 もも
実幸先輩!!


 声をかけて走り出すと、彼もうなずいて私の後を追ってくる。

 追ってくる不良達をまいて大通りに出ると、彼は大笑いして私を抱きしめた。

周防 実幸
周防 実幸
はははっ、たくましすぎるだろっ
佐波 もも
佐波 もも
必死だったんです!
佐波 もも
佐波 もも
……あっ、スマホ! よかったー、ちゃんと録音できてる
周防 実幸
周防 実幸
なんだ?
佐波 もも
佐波 もも
あの人たちが話してた内容を先生に提出するんです! 証拠があれば、実幸先輩の停学処分を撤回できるかもしれないと思って
周防 実幸
周防 実幸
……いいのか? それ、ももの声も入ってるんだろ?
佐波 もも
佐波 もも
もういいんです。学校や親になんて言われようと。……今のままの私は嫌ですし


 うつむき気味に苦笑すると、実幸先輩はいつものように優しく頭をなでてくれる。

 私は彼の顔を見上げて、自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。

佐波 もも
佐波 もも
それに、私も先輩もやむをえず自己防衛しただけですから
周防 実幸
周防 実幸
はははっ! ……今のももの方が活き活きしてて俺は好きだ
佐波 もも
佐波 もも
――っ!?
なんでそうやってからかうんですか!
実幸先輩は意地悪ですよね!
周防 実幸
周防 実幸
そうか?
佐波 もも
佐波 もも
……けど、優しい先輩をそれ以上にたくさん知ってます。私はたくさん助けてもらってきました
佐波 もも
佐波 もも
……実幸先輩、いつもありがとう!


 それを聞いた実幸先輩は、安心したようにおだやかな笑みを浮かべる。

 いつでも私を助けてくれる彼に、やっとお礼を言えた。

 あとは、これですべてに決着をつけるだけ。






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