蓬山の頂上、深い森の奥に、その屋敷は確かに存在していた。
「狐目屋敷」と呼ばれる、100年ほど前から存在していると言われている大きな屋敷。
その屋敷には、こんな噂があった。
──入ったものは、生きて帰ってくることは無い。
そんな噂を聞いて「肝試しに行こう!」と友人に無理やり連れてこられた黄蘗 氷音は、「馬鹿馬鹿しい」と思いながら友人と森の中を歩いていた。
遠目から見て何となくわかっていたが、改めて見るとやはり大きい。蓬生町では比較的大きい黄蘗家よりも大きく、氷音は、驚いたような声を上げた。
2人が家の前に立つと、キィィィイ…という音を立てて、屋敷の扉が開いた。
2人が扉の前で立ち止まっていると、扉の向こう側から声がした。低く、男の声であろうその声は、間違いなく天希と氷音に対し声をかけていた。
怒ったような口調でそう言いながら屋敷から出てきたのは、紺色の髪にオレンジ色の目をした少年。
「名前なんて教えるわけない、」と氷音は内心思いながらため息をついて横を向いた。すると少しして、天希が口を開いた。
その少年は、少し下を向いて考えたあと、氷音たちの方を向いた。
すると、侑乃と名乗る少年は踵を返して家の中に入っていった。
その後ろ姿につられるかのように氷音と天希は後を付いて行った。
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10分後、氷音と天希は とある少女の前に案内された……のだが。
その少女の前に到着してから2分ほど、同じ光景を見せられている氷音と天希は、「はぁあ……」とため息をついた。
先程までリビングに置いてある、その場所に似つかわしくないベッドでぐっすりと眠っていた少女は先程までぐっすり眠っていたとは思えないスピードで起きあがった。
薄い黄色の長い髪をしている少女は、氷音と天希を見比べて、氷音の方をじっと見つめた。
にやにやとしながら少女はそう呟き、自己紹介を始めた。
「失礼だろ」と天希を制する氷音。
そんな2人に向かって、璃那はそういった。
え、という顔をしている2人に、璃那は続けて、
そぅいった後、侑乃はベッドに胡座をかいて座っている璃那に何かを耳打ちした。それを聞いた璃那はニヤァっと悪い笑みを浮かべ、氷音と天希を見た。
そう言って璃那は、薄いノートを持ちながら、天希を指さした。
当然のように言う2人を見て、カッとなり手が出そうになる氷音を、天希は制した。
璃那からノートを渡された侑乃は、氷音に無理やりノートを持たせて帰るように急かす。
へやを無理やり追い出された氷音は、若干の苛立ちを覚えながら来た道を戻る。
物覚えはいい為、迷わずに出口に向かうことが出来た。
来た時は歓迎してくれた扉は、氷音が出た瞬間に閉じて、押しても引いても開かなくなってしまった。
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家に帰り、自分の部屋に来た氷音は、貰ったノートを見ることにした。表紙には、「都市伝説調査クラブ 日誌」と書かれていた。
裏には小さく、「蓬生中央高等学校、都市伝説調査クラブ」と書いてあった。
蓬生中央高等学校は、氷音が通っている高校の事だ。
しかし、そんなクラブは見たことがないし聞いたこともない。
氷音は、震える手で日誌の1ページ目を開いた。
初めの方はただの日誌で、「何もしていない」ことを遠回しに書いた日誌だった。
しかし。
ある日…7月7日、七夕の日の日誌から、おかしくなっていた。
「7月7日、水曜日。
今日は七夕。七夕に依頼で怪我するとか俺もドジやなぁ。霊に首切られるとか……ほんっと災難……
…今年の願いも、もちろん今までと同じ。叶うといいなぁ。」
不気味さを感じさせるその文章。「なんだこれ、」と思いながら次のページを捲ろうとした。……が。
何かでくっつけられたかのように、次のページが開かない。しかし、くっついている訳では無い。そこから先のページが、どこも開かないのだ。
そういいノートを閉じて、机の端に避ける。疲れていたからか、夕食を食べ、お風呂に入り、寝る準備万端だった氷音は、ベッドに寝転がった瞬間に眠ってしまったのだった。
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眠った璃那の顔を見て、ため息をついたあと、璃那の体に薄い毛布をかけた侑乃は、「面倒なことになりそうや……」と呟いて、璃那の部屋を出た。
まだこの時は誰も、あんなことになるとは思っていなかったのだった……
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。