母の泣き声が、震えていた。
途切れ途切れの懇願。
すがるように声を絞り出す母の姿には、かつての身勝手さも冷たさもなかった。
ただ触れれば砕けてしまいそうな――薄いガラスのように脆く見えた。
怒鳴り声が部屋に響いた次の瞬間、男の足が母の腹に叩き込まれた。
ドスッ──という重たい音。
母は小さく悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。
縮こまり、震えながら泣いていた。
手を伸ばした先には、小さな仏壇──そこには私と父の遺影が飾られていた。
写真立ての中の私は、ただ黙って微笑んでいた。
怒りにまかせて鮫島が遺影を掴み取り、勢いよく床に叩きつける。
ガシャアッ、と音を立てて写真立てが砕け、
割れたガラスが四方に飛び散った。
焔羅様は、何も言わずに手を開く。
二匹の蜘蛛が現れ、光輝く糸が、母と男に伸びていく。
私はハサミを胸の前でそっと握る。
血のように深紅の刃が、静かに光を帯びていた。
そのとき──ドアがコンコン、とノックされた。
なぜ警察が?と思ったが、おそらく先日の愛梨彩の件が影響しているのだろう。
学校ぐるみでのいじめの隠蔽が明らかになったことで、私の死も事故ではなく自殺の可能性があるとして、警察が動いている、そんな気がした。
これが、この2人にとって最後のチャンスだ。
今、真実を語ることができるなら。
すべてを悔い改める覚悟があるなら、
私は微かな希望を胸に、そっと2人に視線を向けた。
母は、ふらふらと立ち上がり、よろよろと玄関へと向かおうとした。
私は思わず目を見開く。
それは、確かに救いの糸を掴もうとする姿だった。
私はハサミを持つ手を静かに下ろす。
けれど──
鮫島が吠えるように怒鳴り、母の腕を乱暴に引き戻す。
怒声とともに、母を殴り飛ばす。
ドサッと崩れ落ちる母の姿に、私は思わずもう片方の糸へ視線を向けた。
私が今度こそ、男の糸にハサミの刃を添えた──そのときだった。
母が、床に散ったガラス片を、そっと掴み取っていた。
絞り出すような声のあと、母はそのまま、男の背中にガラスを突き立てた。
呻き声とともに男が崩れる。
出血がひどく、男はしばらくもがいたあと、力尽きたように動かなくなった。
崩れ落ちる母の姿を、私はただ茫然と見つめていた。
ハサミを握ったまま、その場から一歩も動けなかった。
復讐とはこんなにも静かで、重い。
私は、ただそこに立ち尽くしていた。
血の匂いと遠くで鳴るサイレンの音が、静かに混ざり合っていた。

















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。