その夜は、まるで空までもが泣いているようだった。
雪はしんしんと降り続き、街をすべて覆い尽くすように音もなく積もっていた。
記録的な寒波で、気温は氷点下を大きく下回っていたという。
けれど私は、寒さをものともせず、ただひとつだけを想っていた。
小鍋で温めたミルクから湯気が立ちのぼるのを確認して、小さな器に移し替え、音を立てないように玄関に足を運ぶ。
家の中にいる母に気付かれないよう注意して、そっとドアを閉める。
──大丈夫。今日はあの男は家にいない。
きっとあの祠の前で焔は待ってる。
そう思いながら、白く染まった道を歩いた。
氷のように冷えた風が肌を刺し、手足の感覚がじんじんと遠のいていく。
それでも、私の心は不思議と温かかった。
焔が、待っていてくれる。
それだけで救われるような気がしていた。
でも。
──祠に近づいた瞬間、
その胸の温もりは一瞬で凍りついた。
鮫島の足元にはぐったりと倒れた小さな黒い影。
血の気が引くとは、こういうことだと知った。
私はミルクを持ったまま駆け寄る。
焔の身体は小さく震えていて、毛並みのあちこちが濡れていた。
それが雪によるものなのか──それとも血なのか。
私は焔をかばうように身を投げ出した。
次の瞬間、鋭い平手が横から飛んできて頬を打った。
身体がよろけ、雪の上に倒れ込む。
けれど私は焔だけは守ろうと、凍える腕に力を込めてしっかりと抱きしめ続けた。
そのときだった。
──ふらりと、焔が立ち上がった。
ぐらつく足取りで、祠のわきを通り抜け、細い道を進み──そして、車道へ。
白い世界の向こう、雪煙を上げて走ってくるのは、除雪用の大型トラック。
その進行方向に、よろよろと歩く焔の姿があった。
私は咄嗟に、男を突き飛ばすと、その
重い身体は雪に沈み込む。私はそれを振り返る暇もなく、焔の元へ駆け出した。
焔の細い身体を胸に抱きしめた瞬間、轟音が世界を貫いた。
──ドンッ。
視界が、回る。感覚が、途切れる。
でも、温もりだけはまだ、腕の中にあった。
胸元に、真っ赤な血が滲んでいた。
それが私のものなのか、焔のものなのか、もう分からなかった。
そのとき、心の奥底から、何かが吹き出した。
震える唇が、そう形をつくった。
雪が、静かに降っていた。
その中で私は、確かに誓ったのだ。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。