愛しい人からの最後の一言
特に衝撃を受けることもなかった。
私も薄々勘づいていた。
ここ最近は会話も少なくなり電話も減った。
一緒にいてもお互いスマホばかりで飲み物すら手をつけない
もうそろそろ終わりだな。
そう思っていたのは、ナヨンも同じだったみたい。
そう言って同居していた家を出る。
元々はナヨンの家だったし、私が住まわせてもらっていたから
今月分の家賃と今までありがとうの意を込めたナヨンが好きだったオムライスを置いて
今ではもう戻れない。
心も体も。あんなに近かったのに、もう戻れない距離まで来てしまった。
この辺りの夜空は綺麗だと聞いた。
上を見れば、私の想いとは裏腹な澄んだ星空が広がっていた。
ここで初めて、涙が出た。
ナヨンの肌の温もりや、今履いてるお揃いの汚れきったスニーカー。
もうこんなに時間が経ったのか……
付き合って2人して喜んで……
気付けば別れて泣いて…
ナヨンがいなくなった世界は
急に色が無くなったみたいに白黒で
それでもどこかに何か大事なものが
白黒の中に紛れ込んでる気がしてならない。
そんなことを考えてもどうにもならないのに。
思い返せばあれから1年
私には新しい彼女ができた。
ナヨンとは全く別のタイプ
ミナ。私の彼女の名前だ。
ナヨンといた時は常に刺激だらけですごく楽しかったし生きるのが楽しかった
けれどミナといると、ナヨンにはなかった安心感というものがあった。
なにかのために生きるとかそんな考えをしなくてもいい
そんな人だ。
しかしそんな幸せの中にも多少の山はある訳で。
1年ぶりにナヨンから連絡が来た。
「会いたい。」
たったその一言だったが、なにか引っかかった。
何を察したのか、ミナが私の頭を撫でながら
どこまでもできた彼女だ
一瞬空気が詰まった
手段として何も言わずに行く手もあったが。
やはり裏切るようなことはしたくない
少しの間を置いたあと、ミナが口を開く
涙がこぼれるのを堪えながら言う彼女が愛しすぎて
思わず抱きしめてしまう
さっきの涙はどこへやら
ケロッとした笑顔で私に軽く口付けをして
オムライスか……長いこと会ってないから忘れてたけど、ナヨンも好きだったな……
そう思うと少し悲しい顔でもしていたのだろうか
ミナに軽くチョップされた
ぷく〜っと頬を膨らました愛らしい彼女の頬をつつくと
彼女はふしゅ〜と音を立てながらしぼんでいく
何をしても可愛いと思えてしまうのは今にも昔にもミナだけ。
翌日
ミナは下を向いていてこっちを見ない
やっぱり嫌だよなぁ…と思い釣られて下を向く
下を向いた瞬間袖を引かれる
気が付けば目の前にはミナの綺麗な顔があって
唇に柔らかい感触があった
何が起きたか分からないというような顔をしていたら
ミナが満面の笑みで送り出してくれた
絶対嫌なはずなのに。私のわがままを聞いてくれて。
心細いはずなのに。それでも笑顔で背中を押してくれて。
浮気なんて出来るわけない。
そう言って、待ち合わせ場所へ1歩踏み出した。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。