第3話

俺を頼るしかないってこと、覚えておいて
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2019/10/13 21:09
お母さん
お母さん
あなた、記憶喪失のあなたに
急かすようで悪いけど、
大学受験のこと、どう考えてるの?
夕食の席で、お母さんに問われた私は
急に食欲が失せて箸を置く。
お父さん
お父さん
お兄ちゃんはちゃんと、
俺たちも通った大学に
エスカレーター式で入れる
高校に受かったが……
お母さん
お母さん
あなたは落ちた。
出遅れには違いないけど、
今からでも間に合うわ。
受験しなさい
あなた

……どうして、
その大学じゃないといけないの?

お兄ちゃん
お兄ちゃん
どうしてって、偏差値の低い大学に
行ったって意味ないだろ。
就職に強い父さんたちの通ってた
大学なら、間違いないだろうし
あなた

専門学校とか、就職とか、
他にも道はいっぱいあるのに?

お母さん
お母さん
人様に話してバカにされないところ
じゃなきゃダメよ。
あなたは私たちの子供なのよ?

大企業の社長を務めるお父さんと、
お金持ちの奥様であることに
誇りを持ったお母さん。

常に人目を気にして、
身に着けるもの、肩書、すべてが
一流でトップじゃないと気が済まないんだ。

(ああ、この家は息が詰まりそう。
誰も、私自身の気持ちを聞こうとしてはくれない)
あなた

考えておきます

その場しのぎの返事をして、
夕食の半分も手をつけずに席を立つ。

自分の部屋に戻ってくると、私ははあっと
ため息をつきながらベッドに突っ伏した。

(あの人たちといると、自分には価値がない
って言われてるような気がする)
あなた

誰か……助けて……

自分の腕に顔を埋めたとき、
枕元に放り投げてあったスマホが鳴る。

重い腕を伸ばしてスマホを引き寄せると、
画面に表示されているのは電話番号だけだった。

それもそのはず、なぜか私の電話帳はまっさらで、
家族ですら誰ひとり登録されていなかったのだ。

(記憶を失う前、私が消したのかな?)

かけてきた人はわからないけれど、
とりあえずスマホの通話ボタンを押して耳に当てる。
あなた

はい……

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
ごめん、急にかけて
あなた

その声……悠貴?

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
誰からかかってきたのか、
確認しないで出たな?
変な男からかかってきたりしたら
どうするんだよ
あなた

それは大丈夫。
私のスマホ、なぜか誰の連絡先も
登録されてなかったから

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
え?
あなた

全部消えてたの。
記憶を失う前の私がしたのか、
家族のすら登録されてなくて……

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
……そっか、あなたは俺のことも……
あなた

悠貴?

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
あ、ごめん! 
こっちからかけといて通話中に
考え事するとか、最悪だよな
そう言って、ははっと笑う悠貴は
少し無理しているように思えた。
佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
……で? あなたはなにに悩んでるんだ?
あなた

え?

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
声がさ、沈んでるような気がすんだよ
あなた

…………

(どうして、わかったんだろう)
あなた

それだけで気づかれちゃうなら、
悠貴には隠し事できないね

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
そうだぞ。
諦めて、俺を頼るしかないってこと。
ちゃんと覚えておけよな
あなた

ふふっ、なにそれ

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
お、笑ったな。よかった……。
それで、なにがあったのか
聞いてもいい?
あなた

うん、私も誰かに聞いて
もらいたかったから。実はね──


私はさっき両親に言われたことを洗いざらい話す。
あなた

この家ではね、私は人様に出すには
みっともない子供なの

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
なに言って……
あなた

そう、家族から言われるたびにね。
私という存在には価値がないんじゃ
ないかって……

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
そんなことない!
いつもにこやかな悠貴には珍しく、
強い声で私の言葉を遮った。

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