病院を退院する頃には林間学校は
終わっていて、私は学校を数日休んだ。
そして、今日が復帰の日──。
朝、学校に来ると神谷くんが片手を上げる。
悠貴は私の頭をぽんっと撫でて、
いつもの優しい笑顔を向けてくれる。
(うん、悠貴の顔を見ると帰ってきたって
実感するな)
ほっとしていると、私は大事なことを思い出す。
(うっかり、忘れるところだった)
笑って自分の席に着くと、
悠貴はずっと不思議そうに私を見ていた。
どうして、私が悠貴を屋上に呼んだのか。
それは私が山の斜面に落ちたとき、
失っていたすべての記憶を取り戻したからだ。
(あの日をもう一度、やり直そう。
それで今度こそ、私から悠貴に踏み出そう)
そんな気持ちで、迎えた放課後──。
私はあの日と同じ、
頭上に青空が広がった屋上にいた。
青ざめる悠貴に、私は慌てて首を横に振る。
(同じ気持ちだってわかってるけど、
告白をするって緊張するな……)
(でも、何度も告白してくれた悠貴は、
もっと怖かったはずだよね)
私は深呼吸をすると、
悠貴をまっすぐに見つめる。
あの日の言葉を織り交ぜながら、
前とは逆で自分から想いを届ける。
その質問に静かに頷けば、
悠貴の右目から涙がひとしずくこぼれ落ちる。
(ずっと忘れていてごめんね。
もう絶対に、この記憶も想いも
きみの手も放さないから──)
頭を下げた私は右手を差し出す。
すると、悠貴は震える息を長く吐き出して、
それから一歩一歩近づいてくる。
どんな気持ちで、屋上にいた私に会いに
来てくれたのかを思うと涙が止まらなくなった。
(私が二度、あなたを好きになったように)
悠貴は私の目の前で足を止める。
そして、差し出していた私の手に、
そっと手を重ねてくる。
繋いだ手を引っ張られて、私は一歩前に出る。
その拍子に顎を軽く持ち上げられて、
重なった手と同じように唇が触れ合う。
大事なものを落っことしてしまった
私だったけれど……。
もう一度拾い集めてみたら、
【価値のない私に生きる意味なんてないんだ】
なんて……もう二度と言えなくなった。
(だって、私はこんなにもあなたに
必要とされているのだから──)
(END)
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。