──11月、冬。
高校の昼休み。
屋上のフェンス越しに校庭で遊んでいる
生徒たちを眺めていると、背中から声をかけられた。
振り返ると、黒髪に透き通るような瞳をした
爽やか男子が立っている。
(この人って確か、佐久間くんだよね?)
1年生のときから同じクラスだった気がするけれど、
あまり話したことはない……と思う。
確信がもてないのには、理由がある。
私にはいくつか抜け落ちた記憶があるからだ。
近くまで歩いてきた佐久間くんは、
私の目の前で足を止める。
病院の先生によると、私は心的ショックによる
一時的な記憶喪失になってしまったらしい。
あとから両親に聞いた話だけど、
私は記憶を失った日に──。
【価値のない私に生きる意味なんてないんだ】
そう書いた紙を残して、
自宅の二階の窓から飛び降りたのだとか。
幸い、右足の骨折程度で済んだけれど、
怪我が治ってからも2学年に上がってからの
記憶は戻っていない。
原因はたぶん、というより確実に両親だと思う。
両親はよく、私にこう言った。
「お兄ちゃんと比べて出来が悪い」
「私たちの顔に泥を塗るなんて、親不孝者」
「ダメな子ね」
それも親戚やご近所さんの前でまで、
私を「ダメな子」として扱う。
それが嫌で嫌で仕方なかった。
「ダメな子」レッテルを貼られているうちに、
だんだん自分には価値がないような、
周りの子より劣った人間であるような、
そんな気持ちになった。
(私はきっと、苦しかったんだ。
だから、すべてを終わらせるつもりで飛び降りた)
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
目を瞬かせながら佐久間くんを見ると、
心配そうな眼差しが向けられる。
すっと伸びてきた手が私の頬に触れる。
それを自然と受け入れている自分に驚きつつも、
私はじっと佐久間くんの体温を感じていた。
にかっと笑う佐久間くんの笑顔は、
頭上で輝く太陽のように眩しい。
(あれ……この笑顔、知ってるような気がする。
それに呼び捨てにされても、全然違和感がない)
それから考えると、
彼が私と仲良しだったという説は
あながち間違いじゃないかもしれない。
死に近い場所だからかもしれない。
記憶を失う前の私は、死を望んでいたから。
不自然に言葉を切ったからか、
佐久間くんが顔を覗き込んでくる。
(それって……どういう意味?)
佐久間くんはまるで離さないと言わんばかりに、
私の手を強く握る。
彼がなにを伝えたいのかはわからなかったけれど、
私はその必死な表情から目を離せなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!