第2話

きみが大事であることには変わりないから
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2019/10/06 21:09
屋上で話しかけられた日から、
佐久間くんは移動教室に昼休み、
下校さえも一緒についてくるようになった。

そして今は美術の時間。

私は佐久間くんと彼の幼なじみである
神谷かみや こうくんと一緒に、
外で花のスケッチをしている。
佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
おおーっ、
やっぱあなたって絵がうまいよな!
私のキャンバスを佐久間くんが
覗き込むや否や、興奮したように声をあげる。
あなた

こんな落書きがうまいだなんて、
美術部の人たちに失礼だよ

神谷 鉱
神谷 鉱
そう? あなたちゃんの絵、
俺からしたらプロ並みだと思うけど

神谷くんは軽い口調でそう言うと、
前髪を掻き上げる。

その仕草に、どこからか「はあ~っ」と
女子の悩ましいため息が聞こえてきた。

神谷くんは女子から人気で、
彼女を途切れさせたことがないのだとか。
佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
つか、なんで鉱までついてくんだよ。
いつもは真っ先に女子と絡んでるだろ?
神谷 鉱
神谷 鉱
あのなあ、幼なじみを心配して
やってるんでしょうが。それに……
神谷くんは、私をちらりと見る。
神谷 鉱
神谷 鉱
俺だってあなたちゃんとは
仲良しだったんだし、
一緒にいてもおかしくないでしょ
あなた

え……私、神谷くんと仲がよかったの?

初耳だったので驚いていると、
神谷くんはにこっと笑う。
神谷 鉱
神谷 鉱
そう、悠貴繋がりでね
神谷くんはどこか含みのある言い方をすると、
佐久間くんの背中をぽんっと軽く叩く。
神谷 鉱
神谷 鉱
こいつ、好かれたら結構面倒だとは
思うけど、仲良くしてやってよ
佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
面倒ってなんだ、面倒って……
そんなふたりのやりとりを聞きながら、
私は無意識に呟く。
あなた

仲良しで羨ましい。
ふたりはいつからの付き合いなの?

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
生まれたときからだよ。
腐れ縁ってやつ
神谷 鉱
神谷 鉱
そそ。俺の家、商店街にあんだけど、
八百屋やってる悠貴んちの隣にあるわけ
(佐久間くんの家、八百屋だったんだ)
神谷 鉱
神谷 鉱
悠貴さ、5人兄弟の長男で面倒見がいいし、両親も体育会系だから暑苦し──明るくまっすぐな性格に育った好物件だよ
佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
物件ってなんだよ、物件って
あなた

佐久間くん、5人兄弟だったんだね

軽口を叩き合っているふたりを
眺めながらそう言うと、
佐久間くんは一瞬だけ切なそうな顔をした。
佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
できれば……でいいんだけど、
俺のことは悠貴って呼んでくれない?
あなた

えっ、呼び捨てで?

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
うん、そのほうが俺的には
しっくりくるというか……!
あなた

もしかして……今まで、
私は佐久間くんのことを
そう呼んでたの……かな?

(覚えてないけど、下の名前で呼び合う仲だった?)
佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
まあね。言ったろ、仲よかったって
神谷 鉱
神谷 鉱
そーそー。
俺より断然、あなたちゃんのほうが
悠貴と仲良しだったよ
あなた

実は私も幼なじみだった……とか?

神谷 鉱
神谷 鉱
ははっ、違う違う。
でも、幼なじみよりも、
仲良しな関係だったかもね
意味深な物言いに、胸がざわつく。

(私、本当になにを忘れちゃってるんだろう)

不安に思っていると、
ふいに頭に手が載った。

顔を上げると、
佐久間くんの柔らかな笑みに迎えられる。
佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
焦らないで大丈夫
あなた

でも、忘れられてるなんて嫌じゃない?
失礼だよね、私だけ覚えてないなんて……

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
記憶があろうとなかろうと、
俺にとってあなたが大事であることには
変わりないから
それを聞いて、胸に込み上げたのは──。

(どうしたら、佐久間くんの優しさに
応えられるんだろう)

家族は記憶のない私に
腫物を扱うような態度をとる。

だから余計に、失くしたものを早く取り戻さなきゃ
いけないような気がして焦った。

(記憶があってもなくてもいい、か……)

そのままの私でいいと言われているみたいで、
心が軽くなった。

(返したい、私も……)

彼の海のように広く深い気持ちに
返せるものがあるとしたら、これだと私は口を開く。
あなた

佐久間く……悠貴?

佐久間 悠貴
佐久間 悠貴
ん、ありがとな!
ただ名前を呼んだだけなのに、
悠貴くんは泣きそうな顔でうれしそうに笑う。

その表情がやけに脳裏にこびりついて、
私はしばらく目が離せなかった。

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