第7話

世界にとって(5)
137
2020/02/18 10:25
先輩は、また椅子に座り、今度はカバーが掛かった本を読み始めた。
ブランケットからはしわしわの体が覗いていて。
芙美は思わず目をそらした。
「先輩、何の本を読んでいるんですか?」


「うーん、それは教えられないな。」
先輩は、悲しげに笑った。
その笑顔を見るのが辛い。
 「そう、ですか……」
その笑顔の原因も分からずにただ、「そうですか」としか言えない私はとても無力で、こんな私は医者に向いているのだろうか、と思う。

暫く、沈黙が続いた。
先輩は呑気に本を読み、私は歯を食いしばって下を向く。
ペラペラ、という乾いた紙の音だけが部室に響いた。
「…先輩」


「ん?」


「今日、クラスメイトが自殺したんです。」
私は、昨日の出来事をぽつり、ぽつりと語っていった。
「昨日、放課後にそのクラスメイトと遭って、話をしたら凄く気が合って。
本当に分かり合える友達が出来たと思ったのに、今日、その子が自殺した事を先生から聞かされました。 
先生と生徒は、泣いていました。
その先生も、生徒もみんな、その子を虐めていたのに。
…………………私も、一回だけ酷いことをしたことがあります。
先輩、私は、泣いていいんでしょうか……」


「………」
一息にそう言うと、私は小さく息をした。
話すだけでこんなにも息苦しいだなんて、思いもしなかった。
いたたまれない気持ちになって、ゆっくりと顔をあげるとそこには真剣な顔をした先輩が居た。
「…泣いていいかどうかは、私にも分からない。」


「……!」
その解答が信じられなくて、私は思わず耳を疑った。
先輩だったらきっと、「そんな事気にしないで元気だせって。」って言ってくれると思ったのに……。
先輩はそんな私の気持ちを知りもせずに続ける。
「芙美がその自殺した子にどんな事をしたのか知らないし、彼女がそれでどれだけ傷ついたのかも知らない。
……だから、何も言えないよ。」


「そう、ですか……。」
先輩の真剣な表情が、苦しい。
もう、ここにいたくなかった。
……自分が、悪者になってしまいそうで怖かった。
「…じゃあ、私は教室に戻ります。」
先輩に背を向けて歩き出したその時。
先輩が声を掛けて来た。
「どうしたらいいのか分からなくなったら、街角にあるantiqueって言うお店に行くといいよ。私も、それで救われたから。」






私は、何も答えなかった。

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