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第10話

世界にとって(8)
178
2020/03/01 09:46
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ジリジリジリ
時計の音が私に朝だと告げる。
「ん………」
芙美はふわぁ〜っと欠伸をし、ゆっくりと起き上がった。
そして時計を止めようと手を伸ばした____ところで違和感に気づく。

時計が、無い………?

いつも時計を置いているところには何も無かった。
その事で一気に眠気から覚め、辺りを見回す。
よく見てみると時計はいつもと反対側に置いてあった。
その他も家具も全て反対側に置いてあって。
まるで鏡の世界の様だった。
でも、不思議に思うのはそこでは無かった。

"違和感がある筈なのに違和感がない"のだ。

普段過ごしてきた自分の部屋で全ての家具が反対になっていたら違和感を感じるのが当たり前だ。
でも、私は一切違和感を感じなかった。
____まるで、元々こうやって住んでいたかのように思えてしまうのだった。
「芙美〜ご飯出来たわよ〜」
母の聞き慣れた声が聞こえて、私は慌ててドアを開けて1階に向かった。


***
「芙美ー?だいじょーぶ?」
友達である天宮絵梨乃あまみやえりのの声に気がつき、私はハッとする。
さっきからずっとこの世界について考えていて、意識が別の所に飛んでいってしまっていた。
「う、うん、大丈夫だよ」
曖昧に答えながら、私は再び考え出す。
私は確か『antique』で気を失って、それで気がついたらベッドの上にいたのだ。
『antique』で貰ったものは小さな懐中時計。
それはさっき見つけた。
スカートの布越しに懐中時計の感触があるのを確認しながら、私は思わず頷く。
「……………」 
絵梨乃は少し不満そうだったが、何を思い出したのか、急にパッと笑顔になった。
「そうだ!あのさ、明日あのタピオカ屋に行かない??」
「タピオカ屋?」
「この前話してた百合音ゆりね通りの端っこにある奴!
先週出来たばっかりだって言うヤツだよ、ホラ!」
この近くにはタピオカ屋はない。
ましてや百合音通りなんて、商店街とも呼べない寂れた通りなのに………。
そういえば、antiqueは百合音通りにあったなぁ、と思いつつ、私は絵梨乃に疑問をぶつけた。
「ここら辺にタピオカ屋なんてなくない?ましてや百合音通りにあるわけないじゃん。絵梨乃、大丈夫?なんかあったの?」
私は絵梨乃が本気で頭が可笑しくなってしまったのだと思って心配していたが、どうやら絵梨乃の方も同じだったらしい。
「え?タピオカ屋は新しく出来た所以外にもサムモネがあるじゃん。まぁ、あそこのタピオカは私好みじゃないんだけどさぁ。
それに百合音通りにあるわけないってどゆこと?百合音通りはこの街では流行の最先端じゃん。原宿とかには負けるけどさぁ〜」
「……え?」
「寂れた通りといったら百合音通りの逆方向にある毬鷹まりたか通りじゃない?芙美こそ大丈夫?頭でも打ったの?」
絵梨乃が私の顔を覗き込み、不安げな顔をしたが、私はそれどころではなかった。
『サムモネ』というタピオカ屋は確か2年前に潰れた筈。
そして絵梨乃が言った『毬鷹通り』と言うのは、この前の世界では流行の最先端にある通りなのだ。
そして恐らく『新しく出来たタピオカ屋』はタピオカの流行前に建てられ、直ぐに潰れてしまったお店の事だろう。
前に友達から聞いたことがある。
多分私が産まれてから建てられたタピオカ屋はその2つしかない。
「位置だけじゃなくて、場所や時の流れも反対になってる……??」
つまり、時代も逆向きになっているのだろうか?
「絵梨乃、今の元号って何?」
「え…?えっと、平成…だよ?」
「………え?令和じゃないの?」
「令和は去年終わったじゃん。」
何言ってんの?とでも言いたげに、絵梨乃が訝しげにこちらを見てくる。
「芙美、マジで大丈夫?私でよかったら、相談に乗るよ?」
「え、えっと、あの、その…………」
流石に『別の世界から来ました』だなんて言える筈がなくて。
優柔不断な私は目を回す勢いで戸惑った。


「ほら、お前ら、授業始めるぞ。」


授業を告げるチャイムが鳴ると同時に入ってきた先生の声を聞いて、絵梨乃が「ヤバッ、授業の準備してなかったわ」と、自分の席に向かって行った。
よかった…………。
何時いつもチャイムと同時に入ってくる国語担当の厳ついおじさんに、私は初めて感謝した。

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