そう言って、榎本くんはナイフをギリギリまで私の鼻先に近づけた。
蛍くんは苦々しくつぶやく。
形勢が逆転して、榎本くんは勝ち誇ったように笑った。
蛍くんは言われたとおり、両手を挙げてひざまずいた。
罵羅門のメンバーが、後ろから蛍くんを羽交い締めにした。
スキンヘッドの大男が、拳をバキバキ鳴らすと、蛍くんに思い切り拳を振り上げた。
大男のパンチをくらって、蛍くんの白い頬は、みるみる赤く腫れ上がる。
蛍くんは大男をにらみつけて、ペッと口の中の血を吐き出した。
調子づいたメンバーは、さらに蛍くんの顔に強烈なパンチを入れた。
私は震えながら、小さな声でつぶやくことしかできなかった。
蛍くんの姿に、榎本くんは狂ったように笑い出す。
蛍くんは腫れ上がった顔で、榎本くんをギロりとにらみつけた。
後ろから聞こえてくる榎本くんの狂気じみた声に、怒りがこみあげる。
私は、強い気持ちで自分を奮い立たせると、チャンスを待った。
榎本くんが調子に乗って大声をあげた瞬間、
私をつかむ腕の力が緩んだ。
私は榎本くんの手首に、がぶっと噛みついた。
いきなり噛みつかれて、びっくりした榎本くんは、反射的に手を引っ込めた。
榎本くんの手が離れた隙に、私は蛍くんの元へと走りだす。
私が解放されたのを見た途端、
蛍くんは、自分を羽交い締めにしていた男の首を後ろ手でつかむと、そのまま体をひねって、男を投げ飛ばした。
投げ飛ばされた男は、そのまま地面に叩きつけられて、気絶した。
そばにいた男は、蛍くんと目が合っただけで、恐れをなして逃げ出した。
高田くんを捕らえていたメンバーも、ここぞとばかりに逃げていく。
榎本くんが呼び止めても、誰も戻らない。
蛍くんは私の元へと駆け寄り、ぐっと私を抱き寄せた。
蛍くんは心配そうに私を見つめて、言った。
蛍くんが、はっと顔を上げた。
振り返ると、榎本くんが半狂乱になりながらナイフを振りかざしていた。
私は蛍くんの腕の中で、ぎゅっと身を縮めた。
蛍くんは私を腕に抱きながら、榎本くんが振りかざしたナイフを見事に蹴り上げる。
カチャンとナイフが地面に落ちる音がした。
蛍くんはそのまま、榎本くんの顎に強烈なアッパーを打ち込んだ。
榎本くんの体が宙に浮き、やがて地面に倒れた。
蛍くんの言葉に、榎本くんが答えることはなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!