私は手元の栞を慌てて、ベッドサイドテーブルにそっと置いた。
ちょっと意外だった。
轟くんの鋭い視線やオーラからは、
触れた先から指先が凍てつかれてしまいそうだが、
轟くんのお母さん・冷さんは、
触れると柔らかい粉雪に包まれるような雰囲気を持つ人だった。
くりっと丸い黒の瞳に目が離せなくなって、微笑む冷さんにつられて私も笑い返す。
繰り返すように呟く、冷さん。
私はふと疑問に思う。
(…轟くん、お母さんに会って…ない………のかな…、?)
冷さんは確かに
『焦凍は、元気?』
と私に聞いた。
学校の事は話さないのは年頃の男の子なら有り得るかも知れないが、
息子の様子を人に『元気?』と聞くのは妙だ。
(…)
轟くんの過去は見てしまった事があるから知っている。
森でのヒーロー科実習で轟くんとぶつかった私は、
結果的に素手で轟くんに触れてしまった。
幼き少年、
その少年の母親らしき女性、
そして見た事のあるプロヒーローの姿。
それから、
他の子供達を横目に見ながら、稽古場の様な場所で嘔吐を繰り返す少年、
病んでいく様な母親らしき女性、
冷たい目をしたプロヒーロー、
熱湯、
赤い火傷の痕。
私の頭をかち割るような痛みと共に一瞬でめぐり巡ったのを今でも覚えている。
だから、顔を見た瞬間、
病んでいく女性が冷さんだとすぐに分かった。
そうなると、轟くんを傷つけた熱湯が頭にチラついて離れなくなる。
私は詰まるような息をごくんと飲み込んだ。
冷さんはさっきまで見ていた窓の方へ目をやった。
その視線の先には丘の上に建つ、雄英の校舎が見える。
ドンドンッと何発か花火が打ち上がったり、校門前には沢山の人が群れている。
私は頭を一度下げ、冷さんに背を向けた。
私は呼ばれて振り返る。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。