『ポチポチポチポチッ』
何回押しても特段早くなる機能なんて持ってないだろうに、
焦らされた身体はエレベーターのボタンを連打する。
『本当はこのまま安静にはして頂きたいですが、事が事なので特別にGOサインを出しても良いでしょう。身体も特に異常は見られませんし、動いても大丈夫なよう、治癒を既に施してあります。』
『なら…!』
『但し、』
雄英体育祭の話を相澤先生に聞いた直後、
GOサインが欲しい、と、診察室に駆け込んだ私に担当医は少し厳しい顔をして言った。
『僕の個性コントロールテストを突破したらね。』
『分かり…ました…』
(緊張したな…自分の個性が何処まで変化してるのか分からなかったし…正直、怖かった。)
個性強制増幅剤をUSJ襲撃事件でヘロインに打たれた直後、
私の片目は変色し、瞳が青くなっていた。
その青く変色した片目が現在は姿を消し、以前の私の瞳に戻っていた。
『では、このハムスターに触れて下さい。』
別室に担当医に案内された私はケージ内で元気に動くハムスターを見下ろす。
『個性を使わない事を意識して。』
下唇をキュッと噛み、息を思わず止めてしまう。
脈動が耳までに響いていた。
今まで通りの私なら、触れただけで相手の記憶が私の脳内に流れ込んで来る。
最悪、相手の記憶のフィルムまで対外に出させてしまう。
(怖い、怖い、怖い…)
ケージ内のハムスターに手を伸ばし、生温かい体温に触れた時だった。
『…』
『…』
『………え、…』
『どうかしましたか?』
『何も、見えません…』
驚いた。
思わず担当医の顔を勢いよく見ると、担当医は少しも厳しめの表情を緩ませず、
『次は個性の使用を意識して。』
と指示を出した。
もう一度触れると、『バチンッ』と頭にいつも通り記憶が流れ込んできた。
『見え…ました、』
『何が見えましたか?』
『えっと…担当医さんがこのハムスターと戯れようとして、噛まれたところです。』
『!』
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!