あなたside
気づくと彼の家の前に立っていた。
私たちは終始無言だった。
ぼーっとしたままただ慎から離れないように。
慎の手は温かかった。
慎は家の鍵を開け扉を開けると、
私に中に入るように促した。
小さくそう呟いて、少し戸惑いながらも、
もう見慣れた彼の家に足を踏み入れた。
玄関に置かれた2人の笑顔が写っている写真はいつ見ても心が温まると同時に、
私に罪悪感を抱かせた。
玄関で写真の前に立ち尽くしていた私の手を取って、
慎は私をリビングのソファーに座らせた。
慎は何も言わずに私の好きなホットチョコレートを作ると、
私の隣に座ってコトンと小さく音を立ててそれを目の前の机に置いた。
目の前に置かれたホットチョコレートを見て、
じわじわと私の目頭が熱くなっていった。
出会ってから一度も彼から発せられていなかったその言葉は、
寂しさと悲しみにあふれていた。
彼は初めて、
私の中に居続ける彼の存在について私に尋ねた。
私は涙を飲み込むように、
ずっと封じていた記憶を呼び起こして言った。
言いたい言葉がすべてなどにつっかえて、
何も出てこようとはしなかった。
ただそれは涙となって目から溢れてきただけだった。
慎はそっと私を抱きしめた。
慎は泣き続ける私の背中を優し くさすった。
あぁ、いなくなっちゃったんだ。
自分の言葉は彼の存在が、
もうこの世にはいないことを確信させてしまった。
受け入れがたい真実を、
真実じゃないと信じなかった事実を...
私に突きつけた。
苦しくて、
苦しくて、
ただ苦しかった。
陸の笑顔を思い出すだけで余計に涙は溢れた。
私の中にいた陸はもう思い出でしかなかった。
あの時、肌に感じていた愛が、
幸せを含んだ空気が、
全てそこにあったのに。
そこで生きてたのに。
もう、いないんだ...
私はまだ彼の死を受け入れることができていなかった。
しっかりと向き合うことができていなかった。
陸の愛を、慎のそれに重ねていた。
陸の面影を慎に求めていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!