第3話

lost.3
72
2018/03/30 15:45
まだ警戒している颯太の顔色を窺いつつ、私は慎重に話しかけた。
侑亜
ねぇ、颯太……あ、私は二ノ瀬(にのせ)侑亜(ゆうあ)。記憶を失う前の颯太と一番仲が良かった女友達
颯太
……あぁ、お前が
少し颯太の声のトーンが高くなった。合点がいったような、そんな感じ。
私への警戒心も一瞬でなくなって、びっくりしたけど理由はすぐに思い浮かんだ。

……颯太のお母さんが私のことを話してくれてたんだ。

嬉しくて、今すぐ颯太のお母さんにお礼を言いに行きたくなったが、違うだろと脳内で自分を叱って話の続きを言う。
侑亜
それで、聞きたいんだけど……颯太には彼女がいたの。その子のこと、憶えてる?
颯太
……彼女?俺にいたのか?
ドキ、と心臓が期待に揺れた。
侑亜
うん。憶えてない?
颯太
んー……全然分かんねぇ。今んとこ俺お前のことしかお母さんから聞いてねぇし……
『お母さん』。事故に遭う前の颯太は、颯太のお母さんのことをそんな風に呼んでなかった。「母さん」ってもっと気軽に呼んでた。

……本当に、颯太、記憶喪失になってる。彼女の子のこと、本当に忘れてるんだ。

ドキン、ドキンと鼓動が速くなっていく。
心の奥に秘めていた強い気持ちが殻を破り顔を出してくる。

好き。颯太……大好き。
侑亜
……彼女が誰か、教えてあげようか?
颯太
本当か?ありがとな。えっと……
侑亜
“侑”だよ。そうやって颯太に呼ばれてた
颯太
お、「侑」な!りょーかい!
ニッ、と颯太が曇りのない笑顔を見せた。
笑い返しながら、私は心の中で別の意味により口角を上げていた。

記憶を失って誰も、家族さえも分からない今、颯太がこの学校で頼れるのはきっと私だけ。



一番信じるのも私の言葉。


侑亜
放課後、部活休める?一緒に帰ろう
颯太
おお、休める。っていうか、お母さんがしばらく休むって電話入れてくれたから全然行かなくていい
てか一緒に帰ってくれんの!?助かる!俺帰りの道あんま分かんねぇからさ!
侑亜
そうだろうと思った。今日から憶え直そ?私帰宅部だから
笑いかければ、颯太も笑ってくれて「おう!」と頷いた。


――「記憶喪失」……利用させてもらうよ。

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