第2話

episode.1
216
2021/08/03 13:53
僕の一番好きな季節、夏。
どこまでも伸びる不透明な入道雲に、

鳴き続ける蝉たち、

透明に弾けるサイダーと溶けるかき氷、

輝く海の水面に、

何色にも空を染める夕日と、

夏祭りの怪しげな雰囲気。


心躍るものがこんなにも詰め込まれた季節。
好きにならないわけがない。




あさひーー、手伝ってー
お盆なので今日はおばあちゃん家に来ている。
これから迎え火の準備をするんだろう。

階段の下から僕を呼ぶ母の声が聞こえる。
あさひ
はぁーい
優しく音を出す風鈴を眺めたまま返事をした。

外はもう日が沈み、空には茜雲が広がっている。
風鈴のついた窓からは穏やかな海が見えた。

(確かこれを「夕凪」と言うんだっけ?)


いつしかおばあちゃんが教えてくれた。
夕方の無風状態の海をそう呼ぶんだよと。
「暑いけど、私は好きだよ。」

「海の匂いはするのに、波の音はしない。」

「不思議な気分なのに心が落ち着くのよ。」
(なんて言ってたっけな…)
僕はゆっくり立ち上がり、階段を駆け下りた。








『 ボゥッ 』
門の前と玄関の前に吊るされた提灯に火をつける。
それを確認した後、迎え火をするためにおがらを外まで運んだ。
祖父
さあ、お迎えしようか。
おがらに火がついた。

その炎はじっくりと周りを巻き込んでいき、
パチパチと音を立てゆらゆらと燃え始めた。
炎から発生した煙が空に向かって伸びていく。
ちゃんとご先祖さまが帰って来れるように高く伸びていく。
(ここだよ…)
自由自在に姿を変える煙を目で追いながら願った。
今年こそは会えますように、と。
家へ帰ってくるだけじゃなくて、姿を見せてほしい。

ずっと願っている事だ。
ここへ帰ってきた証として目に見えてほしい。





風が吹き始めた。
海はまた寄せては返してを繰り返すのだろう。
夏の匂いをのせた風は炎を揺らす。
今、僕の目には揺れる炎が映っているのだろうか。
懐かしい夏の匂いがした。
果たしてあなたの目に僕は映っているの?





あなたにはちゃんと僕がわかる?

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