僕の一番好きな季節、夏。
どこまでも伸びる不透明な入道雲に、
鳴き続ける蝉たち、
透明に弾けるサイダーと溶けるかき氷、
輝く海の水面に、
何色にも空を染める夕日と、
夏祭りの怪しげな雰囲気。
心躍るものがこんなにも詰め込まれた季節。
好きにならないわけがない。
お盆なので今日はおばあちゃん家に来ている。
これから迎え火の準備をするんだろう。
階段の下から僕を呼ぶ母の声が聞こえる。
優しく音を出す風鈴を眺めたまま返事をした。
外はもう日が沈み、空には茜雲が広がっている。
風鈴のついた窓からは穏やかな海が見えた。
(確かこれを「夕凪」と言うんだっけ?)
いつしかおばあちゃんが教えてくれた。
夕方の無風状態の海をそう呼ぶんだよと。
「暑いけど、私は好きだよ。」
「海の匂いはするのに、波の音はしない。」
「不思議な気分なのに心が落ち着くのよ。」
(なんて言ってたっけな…)
僕はゆっくり立ち上がり、階段を駆け下りた。
・
・
・
『 ボゥッ 』
門の前と玄関の前に吊るされた提灯に火をつける。
それを確認した後、迎え火をするためにおがらを外まで運んだ。
おがらに火がついた。
その炎はじっくりと周りを巻き込んでいき、
パチパチと音を立てゆらゆらと燃え始めた。
炎から発生した煙が空に向かって伸びていく。
ちゃんとご先祖さまが帰って来れるように高く伸びていく。
(ここだよ…)
自由自在に姿を変える煙を目で追いながら願った。
今年こそは会えますように、と。
家へ帰ってくるだけじゃなくて、姿を見せてほしい。
ずっと願っている事だ。
ここへ帰ってきた証として目に見えてほしい。
風が吹き始めた。
海はまた寄せては返してを繰り返すのだろう。
夏の匂いをのせた風は炎を揺らす。
今、僕の目には揺れる炎が映っているのだろうか。
懐かしい夏の匂いがした。
果たしてあなたの目に僕は映っているの?
あなたにはちゃんと僕がわかる?
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!