水柱はそれから任務があって来れない日を除いて、ほぼ毎日俺の病室にやってきた。そんな日が1ヶ月近くも続けば、自然と俺たち二人の間は縮まった。今ではお互いを「義勇さん」「灯理」と呼び合う仲だ。いつの間にか義勇さんと話す時間が俺の一日の最大の楽しみとなっていた。
少し動けるようになった俺は、布団から起き上がる。深い青色が見つめる先を追いかけて窓の外の遠くを見る。
ふと胡蝶さんと交わした言葉がよみがえる。彼女は俺の力になりたいと言った。なんでも言ってくれ、と。だから過去に区切りをつけるために髪を切ってもらうことにした。
その時、部屋の戸が勢いよく開いて、声が響いた。
ここ、蝶屋敷で働く、1つ年下の女の子。キビキビとよく働く子だ。
また胸が鈍く痛む。不意に涙が出そうになってくる。と言っても俺の涙腺は働くことをやめたらしいので涙は出ないが。まだおしゃべりしていたい、と口から出そうになるのをなんとかこらえる。
そう言って義勇さんは部屋を出ていってしまった。俺はなんとも言えない悲しみと胸の痛みを抱えたまま、胡蝶さんが来るまでその場で呆然とすることしか出来なかった。
まるで蝶が舞うかのようにふわりと俺の隣にやってきた胡蝶さん。手には、ハサミが握られている。
区切りをつけるだなんて言っているけれど、髪を切るのはただのきっかけでしかない。髪を切ったからと言って、過去は過去と割り切って、家族や親友の死を過ぎた事として扱うことなど多分出来ないだろう。
それに、思ってしまったのだ。義勇さんの長い黒髪を見た時に。俺も義勇さんのように髪を伸ばしたい、と。
その返事を聞いて、俺は笑顔になった。だから、と言っていいのかは分からないが、このタイミングで相談しようと思った。
時々感じるこの胸の痛み。知らない感情が心を渦巻く。この気持ちがなんだかは確信が持てない。けど、これが俺の思っている通りなのであれば、胡蝶さんならこれに名付けることができると思うのだ。
その瞬間、胡蝶さんの目が大きく見開かれた。みるみるうちに顔が赤くなっていく。こんなに動揺した胡蝶さんを見たのは久しぶりだ。
初めて向けられた他人からの好意。だけど、胡蝶さんはやっぱり友達なわけで。どうもこの好意を素直に受け取ることは出来ない。
やはり胡蝶さんが友達でいてくれて良かったと思う。彼女は俺の気持ちを知りながらも、なお自分の気持ちを押し込めて俺の支えになってくれようとしている。
義勇さんとのおしゃべりの時間は俺の一日の中でとても大切なものとなっていた。怪我で何もすることができない俺の唯一の楽しみと言っていい。義勇さんと話していると、心の冷たい部分が温められている気がする。暗い思考に陥りがちな俺を、上から救ってくれる。その義勇さんが大怪我を負ったところを想像してみる。考えただけで血の気が引き、今にも倒れそうになる。大切な人が、また俺の手から離れていく…。それは俺にとって自分が死ぬことよりも辛いことだった。
やはり俺の思った通りだった。確かに俺はこの感情を知らなかった。だけど、人間の本能としてきっとどこかで薄々気づいていたんだ。これは恋だ。愛だ。俺が両親から受け、家族に注いだものとはまた違う、甘くて、ドロドロしていて、どこか危険で、人の運命を左右するもの。
胡蝶さんはどこか満足気な、納得したような顔で頷いている。
言われて初めて気がついた。義勇さんと話している時の俺の顔は自然な笑顔なのだと言う。そうかもしれない。1か月前は辛いから笑っていた。でも今は、楽しいから笑っている。決して家族の死や親友の死を忘れたわけではないが、義勇さんが俺の曇った心を晴らしてくれる存在であることは確かだった。
大切な人が死んでもなお、俺は死ねない。悲しみを背負って生きてゆけと言わんばかりに俺は生を捨てることを許されない。それが俺の人生なのだとしたら、もう……
それきり俺も胡蝶さんも黙ってしまう。すると部屋の中ですすり泣く声が聞こえた。もちろん俺ではない。
泣いても笑っても一度きりの人生。それなら俺は前を向いて生きてゆきたい。
|・ω・)ノ[終]|・ω・)ノ[終]|・ω・)ノ[終]|・ω・)ノ[終]|・ω・)ノ[終]
今回少し長かったですねぇ。疲れましたw
ここで少し追記を。しのぶさんの言った、「あの人、やっぱり聞こえてたんじゃないですか」ってセリフ。何が聞こえてたかって言いますとしのぶさんが義勇さんに灯理くんを紹介した時の「どうせ、私じゃ英田くんを振り向かせることは出来ないんです。彼は私のこと、友達だとしか思っていませんから。冨岡さんになら彼をとられてもいいのになぁ。」というセリフです。義勇さんは聞こえないフリをしていましたが、実はちゃんと聞こえていたようです。
そしてついに灯理くんが義勇さんへの恋心を自覚しました!!しのぶさんがキーパーソンだって言った理由が分かったでしょうか…?しのぶさんは灯理くんが恋心を自覚するためのきっかけを与えた人物だったのです。
しのぶさんの言った「人を好きになるということ」、あれはたまごぼーろの体験談だったり、そうじゃなかったり…。
義勇さんが好きだと気づいた灯理くん。ここから2人はどうなっていくのか。本当に灯理くんは義勇さんに気持ちを伝えないままなのか。
次回から急展開始まります。お見逃し無く。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!