第9話

9話 これ以上泣きたくありません
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2021/12/31 04:00
スローモーションのように、ステージの下へ落ちて行くレオちん。

カメラが倒れる激しい衝撃音と共に――
それまで笑い声に包まれていた会場は、一瞬にして悲鳴の渦と化した。
(なまえ)
あなた
レオちん!!!!
驚くマネージャー陣を押しのけ、私は夢中で彼の元へ駆け寄ろうとする。

しかしその身体は、あっという間に
四方から飛び出した大勢のスタッフによって阻まれてしまった。
会場スタッフ
笹浦さん!? 聞こえますか? 笹浦さん!
会場スタッフ
出演者一名、頭部より出血。意識もありません
会場スタッフ
会場のお客様に申し上げます。誠に申し訳ございませんが、
イベントは一時中断とさせていただきます――
(なまえ)
あなた
あ……あぁ…………
早く助けなくちゃいけないのに。

真っ先に駆け寄らなくちゃいけないのに。

石のように固まってしまった私の身体は、なぜか全く言うことを聞いてくれない。


――やがて、遠くから聞こえて来るサイレンの音。


ステージ下に群がるスタッフに紛れて、
眠るように瞳を閉じるレオちんの姿が視界に飛び込んだ瞬間――


私の目の前も、真っ暗に閉ざされた。

 *   *   *

……その後のことは、よく覚えていない。

担架に乗せられても一向に目を覚まさないレオちんに、
縋り付くようにして救急車に乗り込んで――

気付けば、病院の待合室で治療が終わるのを待っていた。
(なまえ)
あなた
(神様、どうか……)
氷のように冷たくなった指先をさすりながら、
私は祈るように瞳を閉じる。
(なまえ)
あなた
(レオちんを、助けてください――)
休日で静まり返った待合室に、コツコツとヒールの音が響く。
やがて、その音は私のすぐ近くで立ち止まった。

アキ姉
アキ姉
……何しみったれた顔してんのよ
(なまえ)
あなた
アキ姉……
見知った顔を目にした瞬間、じわ、と涙腺が緩む。

彼が次の言葉を発する前に、私はぼろぼろと涙をこぼしながら頭を下げた。
(なまえ)
あなた
ごめんなさい……ごめんなさい!
アキ姉
アキ姉
え?
(なまえ)
あなた
こんなことになるなら、イベントなんて勧めなきゃ良かった。
もしレオちんがもう配信できなくなっちゃったら私、
どうやって責任取ったらいいか――痛っ!
バシッと容赦のない音と共に、目から火花が飛び散る。
アキ姉
アキ姉
プロデューサーがしっかりしなくてどうすんのよ
(なまえ)
あなた
は……あぇ……
(なまえ)
あなた
(女の子にデコピンする!?)
じんじんと痛む額をさする私を前に、アキ姉は深くため息をつく。
アキ姉
アキ姉
ステージ上で無茶したのは怜央の判断。
怪我したことだってもちろん怜央の責任。
だからアンタが気に病むことじゃないわ
(なまえ)
あなた
でも……
アキ姉
アキ姉
甘やかしてヨイショすることがプロデューサーの役目じゃない。
曲がりなりにもあの子のP名乗るんなら、
間違ったこと叱ってやるくらいになんなさい
(なまえ)
あなた
…………
社長業は忙しいらしく、今日は大事な打ち合わせがあるからと
会場には同行できなかったアキ姉。
(なまえ)
あなた
(連絡したら、タクシー飛ばしてすぐに来てくれたけど……)
いつも綺麗にセットされた彼の髪は乱れ、
メイクもところどころ崩れてしまっている。

その様子は暗に彼の心の内を表しているようで、
見ていると申し訳なさで心が潰れるように痛んだ。
看護師
あの……
アキ姉から差し出されたティッシュで盛大に鼻をかんでいた時。

おそるおそる遠慮がちにかけられた声に、ぱっと振り返る。
看護師
笹浦怜央さんの意識が戻られました
(なまえ)
あなた
!!
 
  *   *   *
(なまえ)
あなた
レオちん!!
看護師さんがドアを開くと同時に、私は病室へ飛び込む。
頭にぐるぐると包帯を巻かれたレオちんは、
ベッドから身体を起こしてお医者さんと話をしていた。
(なまえ)
あなた
レオちん、大丈夫なの!?
医師
落下の衝撃で脳震盪を起こしていたようですね。
CT検査の結果も異常はありませんでしたし、
今日はもうこのまま帰宅いただけます
(なまえ)
あなた
そうですか……
レオ
レオ
あなたさん……心配かけてごめんなさい……
ベッドサイドを握りしめる私の手に、そっとレオちんの手のひらが添えられる。
彼が生きていることを示す優しい温もりに、再び涙がこみ上げた。
(なまえ)
あなた
もう……なんであんな無謀なことしたの
レオ
レオ
あなたさんが見てると思ったら、つい張り切っちゃって。
本当は俺の一番かっこいいとこ、見せたかったんだけどなぁ……
(なまえ)
あなた
レオちんのバカ! それで活動できなくなっちゃったら
本末転倒だよ……っ!
――私たちは、上を目指して走ってきた。

たくさんの可能性を秘めたレオちんを、
たくさんの人に好きになってもらいたかった。
(なまえ)
あなた
(でも、今は……)
目の前でレオちんが元気でいてくれるだけで――
それだけで、私は十分だった。

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