第3話

3話 めっそうもございません
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2021/11/19 04:00
退勤後。

電話で伝えられたイタリアンレストランを訪れると、
既にほろ酔い気分のアキ姉が手を振った。
アキ姉
アキ姉
お疲れ~。さ、まずは乾杯しましょ
(なまえ)
あなた
あ、はい……
かちん、と繊細な音を立ててグラスがぶつかり合う。
(なまえ)
あなた
あの、アキ姉って……
アキ姉
アキ姉
ええ、今はBCプロダクションの社長をしてるわ。
アンタなら分かるわよね? 『あやっぺ』さん
(なまえ)
あなた
ヒッ……!
恥ずかしいハンドルネームを引き合いに出され、背筋が凍る思いがする。
まるでベッドの下に隠した秘密の品を親に見られた時のような気分だ。
アキ姉
アキ姉
別に恥ずかしがる必要なんてないわよ。
アンタには感謝してるんだから
(なまえ)
あなた
え……?
アキ姉
アキ姉
怜央のこと、いつも応援してくれてありがとね
核心を突く言葉に、どきん、と心臓が跳ねる。
アキ姉
アキ姉
実はあの子のファンクラブに入ってる人、世界でアンタしかいないのよ
(なまえ)
あなた
えぇ!? 少な過ぎません!?
アキ姉
アキ姉
そうなのよ。ちょっと会費が高過ぎるってのもあると思うんだけど
(なまえ)
あなた
それで……レオちんは大丈夫なんですか?
アキ姉
アキ姉
大丈夫かそうじゃないかで言えば、ダメね。
ただでさえ再生数が伸び悩んでてスランプ気味だったんだけど、
この前のコラボで完全に自信失ってるみたい
(なまえ)
あなた
うぅ……レオちん……
運ばれてきたパスタを器用にフォークに巻きつけながら、
「だからアンタを呼んだのよ」とアキ姉は淡々と続ける。
アキ姉
アキ姉
ねぇアンタ、あの子のプロデューサーになる気ない?
(なまえ)
あなた
…………
(なまえ)
あなた
…………え?
アキ姉
アキ姉
本業あるから正社員として雇うことはできないけど、それなりの報酬は用意するわよ。
ファンクラブの会費はタダにしてあげるし……
あ、もし興味あるならスタジオとかも自由に使ってもらっていいけど
(なまえ)
あなた
ちょ、ちょっと待ってください!
私はただレオちんのファンってだけで、
マネージャーとかプロデュースの経験なんて、なんにも……
アキ姉
アキ姉
それでいいのよ
さも当たり前のように放たれた一言に、ぐぐ、と喉の奥が詰まる。
アキ姉
アキ姉
アタシはアンタがあの子のファンって知って、内心すごく嬉しかったの
アキ姉
アキ姉
あの子のことを商品としか思ってない凄腕プロデューサーと、
あの子のことを心から応援してくれるアンタ――
どっちがあの子にとって良いかなんて、分かり切った話じゃない?
(なまえ)
あなた
それは……
酔っている割には真剣なアキ姉の眼差しに、
画面越しにこちらを見つめるレオちんの瞳が重なる。

残念ながら突然の頼みを無碍に断れるほど、
私のメンタルは強くなんてなかった。

   *   *   *

アキ姉
アキ姉
――んで、こっちが収録スタジオ。
所属メンバーは普段それぞれの家から配信してるけど、
特殊な機材が必要な時とかに使われることが多いわね
アキ姉
アキ姉
向こうの部屋が会議室で……
ちょっと大丈夫? アンタ、すごい顔してるけど
(なまえ)
あなた
すみません……緊張して……
BCプロダクションは、ターミナル駅直結の高層ビルに位置する
ワンフロアながらもお洒落な会社だった。

休日で人のいないオフィスを社長直々に案内してもらうも、
朝から私は生きた心地がしない。
(なまえ)
あなた
(だってあのレオちんと顔合わせだよ!?
 歯に青のり付いてないよね? 眉毛描き忘れてないよね??)
(なまえ)
あなた
(うう、変なコメントしてないか
 アーカイブ全部見直して来れば良かった……)
アキ姉
アキ姉
ちょっと。今日から立派なプロデューサーなんだから、しっかりしてよね。
あ、怜央なら向こうの部屋で待ってると思うから
(なまえ)
あなた
えっ!?
アキ姉
アキ姉
怜央~? ドア開けるわよ?
(なまえ)
あなた
え、ちょ、ちょっと、待っ……!!

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