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第10話

10話 もう人気がないなんて言わせません
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2022/01/07 04:00
レオ
レオ
こんにちは~! BCプロ所属のレオちんでーす!
今日は夜からにゃんちーさんのスタジオにお呼ばれしてるから、
特別にお昼の配信ですっ!
晴れた昼下がりの商店街。
差し入れが入ったビニール袋を下げて、
私はイヤホンから聴こえるレオちんの配信に耳を澄ませる。
レオ
レオ
そうそう。踊り手界隈ではにゃんちーさん、めちゃくちゃ有名だよね。
俺も久しぶりにダンスできるから嬉しいなー。
あ、もちろん怪我はしないように気をつけます!!
【例のイベント】から、一ヶ月が経とうとしている。

意識を失うほどの事故を起こしたにも関わらず
翌々日にはけろっと配信に顔を出したレオちんは、
配信者界隈では一躍時の人となっていた。
(なまえ)
あなた
(もちろん良い意味でも悪い意味でも、だけど……)
バク転しようとしたレオちんが見事なフォームでステージを落下するサマは
ネタ動画にされてバズってしまう始末。

アキ姉と共に三人で、いったい何社のクライアントに頭を下げに行ったかわからない。

それでも彼の無邪気に配信を楽しむ姿は、結果として多くの人の目に触れることになった。

今流れている配信だって、私が彼と出会った頃からは
考えられないくらいの数のリスナーが視聴してくれているようだ。
(なまえ)
あなた
(……それなら、結果オーライ?)
彼のおしゃべりをBGMに苦笑いを浮かべ、私は事務所への道を急いだ。

   *   *   *
オープンスペースで作業をしているとドアがガチャリと開き、
配信を終えたレオちんが顔を覗かせる。
レオ
レオ
お疲れ様でー……え、あなたさん来てたの!?
(なまえ)
あなた
うん。今日は休日出勤ですぐ上がれたから
レオ
レオ
えー! あなたさん来るならにゃんちーさんの約束、
リスケしてもらえば良かったかなぁ
(なまえ)
あなた
何言ってんの。それより配信疲れたでしょ? 良かったら差し入れ食べて
ほんのりと温かいビニール袋を受け取ったレオちんは、ぱっと瞳を輝かせる。
レオ
レオ
わ、たこ焼き!! あなたさん、俺の好物当てちゃうなんてすごい
(なまえ)
あなた
前に配信で言ってたよ。来世はたこ焼き名人になりたいって
レオ
レオ
あはは、そんなこと言いましたっけ? 自分で言ったくせに忘れちゃった
きらきらと瞳を輝かせながらたこ焼きにマヨネーズをかけるレオちんを前に、
私は作業中のノートパソコンを閉じた。
(なまえ)
あなた
今日はスタジオから配信だったんだね
レオ
レオ
はい、事務所からの方がにゃんちーさんのとこも近いみたいだし……
あと、配信始まる前にちょっと歌録ってました
(なまえ)
あなた
歌?
レオ
レオ
新しい『歌ってみた』ですよ
良かったら、と視線で示された音楽プレイヤーを手に取る。
(なまえ)
あなた
……え、もしかして聴いていいの?
レオ
レオ
もちろん。一番はあなたさんに聴いてもらいたかったし
配信前の貴重な音源を聴けるなんて贅沢過ぎて、
うっかりただのファンに戻ってしまいそうだ。

ドキドキと高鳴る鼓動を抑えながら、私はイヤホンを耳に挿した。
(なまえ)
あなた
(わ……)
再生ボタンを押した瞬間、ぶわっと花畑のように広がる歌声とリリック。
いつもは元気なレオちんの甘い声が、耳の奥で柔らかく響き渡る。
(なまえ)
あなた
すごい……めっちゃいいよ、レオちん!
レオ
レオ
へへ、でしょ? 一回歌ってみたいと思ってたんですよね
(なまえ)
あなた
てか、レオちんがラブソング歌うの初めてだよね。
『鼻歌で愛を伝えたい~♪』だって!
あぁぁ、きゅんきゅんする~
レオ
レオ
……まぁ、あなたさんのために歌いましたから
(なまえ)
あなた
え?
音楽プレイヤーを握りしめながら天を仰いでいた私は、
彼の呟きに気付いて視線を戻す。
(なまえ)
あなた
(……レオちん?)
何か言いたげに、じっとこちらを見つめる彼。

熱をはらんだような眼差しに、一瞬ドキリとしたけど――
(なまえ)
あなた
……あっ。もしかして私、前に歌って欲しいって言ったっけ?
レオ
レオ
え?
(なまえ)
あなた
ごめん、すっかり忘れてた! リクエストした癖に忘れるとか人間として最低じゃん……
レオ
レオ
そ、そうじゃなくて!
……もう。いいからたこ焼き食べて
自らもほっぺを丸く膨らませたレオちんに差し出されるまま
たこ焼きをぱくりと食べると、彼の瞳が優しく細められた。
レオ
レオ
……あなたさん。俺のこと、
ずっと応援してくれてありがとうございました
レオ
レオ
イベントの一件があってから、
正直見放されてもおかしくないって思ってたから……
こうして、今も一緒に活動できて嬉しいです
(なまえ)
あなた
見放したりなんてしないよ!
プロデューサーである以前に、私はレオちんのファンだもん
確かに羽目外されちゃうとびっくりするけどさ……と付け加えると、
レオちんは困ったように笑う。
レオ
レオ
危ないことはしないって約束します。
もう、あなたさんの悲しい顔は見たくないですし……
(なまえ)
あなた
レオちん……
レオ
レオ
事務所の看板背負うにはまだまだだけど。
これからも……俺と一緒に走ってくれたら嬉しいです
(なまえ)
あなた
もちろん! これからも、私はずっとレオちんの味方だよ
レオ
レオ
俺の、味方……そっか。ふふ
言葉の一つ一つを大切そうに繰り返しながら、
レオちんは幸せそうに微笑む。


かつて画面の向こうで輝いていたレオちんは、
今は目の前でそのきらめきを放っている。


広い広いネットの海に揺蕩いながらも、
それでも確かに前へと進んでいる。


――私もプロデューサーの端くれとして、そして一人のファンとして。


これからも彼の隣で、配信という自由な世界を
思い切り走って行きたいと思ったのだった。


~ Fin ~

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