第7話

7話 尊くて言葉になりません
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2021/12/17 04:00
アキ姉
アキ姉
もう、本当に大変だったんだから!
マスコミがバンバン事務所に押しかけるもんだから、
アタシがポーズ決めてカメラに写ってやったわよ
(なまえ)
あなた
そ、それは大変でしたね……
アキ姉
アキ姉
まぁこういうのは社長の仕事だから、アンタは気にしないで。
怜央はもちろん、せっかく頑張ってる他の子たちに影響が出たらかわいそうだし
CHIKAGEの騒ぎから数日後。

久しぶりにアキ姉から電話がかかって来たかと思えば、
もう小一時間は愚痴に付き合わされている。
(なまえ)
あなた
SNSで見ました。CHIKAGEさん、しばらく活動休止だって
アキ姉
アキ姉
そうなのよ。まぁ本人の意思だから私が止めることもないわね。
珍しくしゅんとしちゃって……
あんな子犬みたいな表情されたら、こっちも冷たくできないっての
(なまえ)
あなた
は、はぁ……
アキ姉
アキ姉
でも困ってるのよね~。配信が止まるのはまだ何とかなるんだけど、
イベントもキャンセルすることになっちゃって
(なまえ)
あなた
イベントですか?
アキ姉
アキ姉
そう。もうチケットの発売も始まってたんだけど……
聞けば様々な事務所に所属する配信者が集まるトークイベントに、
CHIKAGEは登壇する予定だったらしい。
アキ姉
アキ姉
野外ステージ貸し切ってやる結構大きいイベントだったんだけどね~。
補欠も用意してないから、まぁしょうがないんだけど
電話越しに聞こえるため息に、ふと頭の中でぴこんと電球が光る。
(なまえ)
あなた
あの……アキ姉
アキ姉
アキ姉
何よ
(なまえ)
あなた
そのイベント、レオちんが出演することってできたりします……?
アキ姉
アキ姉
はぁ? どうしてそこで怜央が出てくんのよ
(なまえ)
あなた
だってBCプロの出場枠、そのまま空けちゃうのはもったいないし……
レオちんなら、上手くやってくれるんじゃないかなって
無理を承知で提案すれば、案の定「アンタねぇ」と
呆れたような声が返って来る。
アキ姉
アキ姉
怜央を推したい気持ちはわかるけど、
あの子にCHIKAGEの代わりをやらせるのは無謀過ぎるわよ。
他の出演者の知名度と比べられて、叩かれる可能性だってあるのよ?
(なまえ)
あなた
そ、それでも!
無意識に大きい声を出してしまい、慌てて口を覆う。

いくらチャンスが目の前に転がっているとは言え、
最終的な判断を決めるのはレオちんだ。
いくらプロデューサーだからって、勝手に決めていいことではない。
(なまえ)
あなた
(でも……)
(なまえ)
あなた
レオちんだったら……きっと、挑戦したいって言うと思います
アキ姉
アキ姉
…………
重たい沈黙に、ごくりと喉が鳴る。
再び口を開いたのは、アキ姉の方だった。
アキ姉
アキ姉
……分かったわ。まぁ期待の新人って名目なら、説明もつくと思うし
(なまえ)
あなた

アキ姉
アキ姉
アタシはこの後電話番しなくちゃいけないから。
怜央にはアンタから伝えなさい
(なまえ)
あなた
あ……ありがとうございます!
スマートフォンを耳にあてたまま、私は深く深く頭を下げた。

   *   *   *

待ち合わせをしていた駅前でレオちんの姿を見つけ、
私はパンプスのヒールで歩道を蹴って駆け出す。
(なまえ)
あなた
レオちん!!
レオ
レオ
あなたさん!?
プラカップにたっぷり入ったカフェラテを啜っていたレオちんは、
驚いたように振り返った。
レオ
レオ
転んだら危ないですよ。そんなに急用だったんですか?
(なまえ)
あなた
うん、こっちこそ急に呼び出してごめん
レオ
レオ
喉渇いてません? 俺ので良ければ飲みます?
(なまえ)
あなた
いや大丈夫。推しの飲みかけなんて飲んだら尊過ぎて死んじゃう
レオ
レオ
きょとんと首を傾げるレオちんをこれ以上心配させないように、
私は大きく息を吸って呼吸を整える。
(なまえ)
あなた
レオちん……実はCHIKAGEさんの件で、話があって
レオ
レオ
ああ……残念ですよね、CHIKAGEさん。
配信にも呼んでくれて、良い先輩だったんだけどな……
(なまえ)
あなた
うん……それでね、実はCHIKAGEさんが出る予定だったイベントに、
レオちんが代わりに出演してみないかって話が出てて
レオ
レオ
えっ!?
ただでさえぱっちりした瞳をさらに丸くさせて、レオちんは私を見つめる。
(なまえ)
あなた
トークイベントだからそんなに身構える必要はないってアキ姉が言ってたよ。
新人だからちょっとナメられちゃう可能性はあるけど、
界隈の配信者さんと知り合ういい機会になるって――
レオ
レオ
やります
一寸のためらいもなく返って来た声に、驚いて顔を上げる。
レオ
レオ
お願いです。それ、俺にやらせてください
(なまえ)
あなた
レオちん……
レオ
レオ
俺がCHIKAGEさんの代わりになるとは思わないけど……
あなたさんが持ってきてくれたチャンスだから。
周りにどう言われようと、頑張ってみたいです
(なまえ)
あなた
……っ、レオちんならそう言うと思ったよ
その決意にこみ上げるものを感じながら、私は頷く。

彼に挑戦し続ける熱い気持ちがあるのなら――
ファンでありプロデューサーでもある自分は、全力で応援するまでだ。
レオ
レオ
……そうだ。俺もあなたさんに報告したいことがあったんです。
ほら、昨日投稿した歌動画!
再生数、もう普段の平均超えちゃったんですよ
(なまえ)
あなた
! ほんとだ!
目の前に差し出された画面には、
レオちんが楽しそうに歌う様子が映し出されている。

(なまえ)
あなた
(コメントも順調に増えてるみたいだし……
 これはいい線行けるかもしれない)
突然舞い込んだチャンスに、レオちんの新たな挑戦。

ふわりと足元が浮かび上がるような高揚感を覚えて見上げると、
彼は少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
レオ
レオ
なんか俺、最近すごい楽しいんです。
こうしたら動画が伸びるかもとか、
リスナーがもっと喜んでくれるかもとか。
ちゃんと自分の頭で考えられてる気がして……
今までは先輩のやり方を真似するばっかりだったから、と話すレオちんに相槌を打つ。
(なまえ)
あなた
レオちんがそう言ってくれると私も嬉しいな。
やっぱり本人が楽しく活動するのが、
ファンにとっても一番だと思うよ
レオ
レオ
本当ですか!? じゃあ、今の俺って、
あなたさんにもキラキラして見える?
(なまえ)
あなた
ふふ、もちろん
――少しずつ、それでも確かな足取りで。

一歩ずつ前へ向かって行く手応えを感じながら、私達は頷き合った。

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