第8話

8話 神様は優しくありません
2,712
2021/12/24 04:00
慣れないスーツのジャケットを羽織った背中に、じっとりと汗が滲む。
緊張で全身を強張らせる私の隣で、
レオちんは好奇心全開で会場を見渡していた。
レオ
レオ
お~。イベントってこんな感じなんだ。
あ、あなたさん見て! 向こうで物販もやってるらしいですよ
(なまえ)
あなた
えっと……レオちん、緊張しないの……?
レオ
レオ
え? まぁ全然緊張してないって言ったら嘘ですけど。
ドキドキしてるって言うより、
ワクワクしてる気持ちの方がおっきいかなぁ
だって初舞台だし!と意気込むレオちんのいつも通りな様子に、
少しだけ気持ちがほぐれるのを感じる。

今日はいよいよ、彼が登壇するイベントが開催される日だ。
レオ
レオ
あっ。あそこにいるの、どっかの事務所のマネさんじゃない?
挨拶しに行かなきゃ!
(なまえ)
あなた
ま、待って! レオちん!
レオ
レオ
こんにちはー! 俺、BCプロ所属の笹浦怜央って言います。
今日はよろしくお願いします! 
おじさん集団
は? あぁ、よろしく
怪訝な表情をされるのも構わず、
レオちんはおじさん集団に笑顔でぺこりと頭を下げる。

彼が集団から離れると、ひそひそと囁き合う声が聞こえた。
おじさん集団
誰あの子? BCプロとか言ってたな
おじさん集団
CHIKAGEの代役で来たんじゃない?
てっきりキャンセルで通すのかと思ったけど
おじさん集団
あ~。出演枠に穴開けんのもアレだから適当な新人に割り当てたやつか。
顔に泥塗られて、気の毒なもんだね
(なまえ)
あなた
ちょっ……!
レオ
レオ
あなたさん、待って
思わず反論しようとする私の腕を、レオちんがぎゅっと掴む。
振り返れば、彼はまるで私を安心させるように優しく微笑んだ。
レオ
レオ
大丈夫ですよ、あなたさん
(なまえ)
あなた
でも……あんなの嘘じゃん
レオ
レオ
わかってる。俺たちがわかってればそれでいいんだって
(なまえ)
あなた
でも……
レオ
レオ
大丈夫。結果はステージの上で示すから
その言葉に、どきん、と小さく胸が音を立てる。

まっすぐにステージを見据える横顔は、
これまで私が見てきたどんな表情よりも凛々しくて――

『新人』なんて肩書きで呼んではいけないくらい
彼はもう、とっくに立派な配信者になっているのかもしれなかった。

   *   *   *
(なまえ)
あなた
(頑張れ、レオちん……)
舞台脇に設置されたスタッフエリアから、
私はステージ上の様子をじっと見つめる。

若い女の子を中心に、大人から子供まで様々な年齢層が集まる観客席。

地道な挨拶回りが功を奏したのか
レオちんが他の出演者からいびられることもなく、
イベントは思ったよりも和やかな雰囲気で進んでいた。
登壇者
ほんで、レオちんは今日ピンチヒッターで駆り出されたと
レオ
レオ
そうなんですよ! 皆さん、今後もBCプロをよろしくお願いします
登壇者
いやそこは事務所じゃなくてあんたの売り込みせぇや!
ステージ上で繰り広げられる掛け合いに、客席からどっと笑いが起こる。

登壇者の中でも年齢の低いレオちんはいじられキャラのようで……
素直さからくる天然発言で、たびたび会場を沸かせている。
登壇者
せや。イベント始まる前に聞いたんやけど、
レオちん体育大に通ってるんやって?
レオ
レオ
はい! 高校時代はずっとダンスやってました
登壇者
へぇ~、すごいなぁ! じゃあバク転とかできたりするん?
(なまえ)
あなた
(え?)
突然の無茶振りに、一抹の不安がよぎる。
(なまえ)
あなた
(レオちん、最近は配信が忙しいからあんまりダンスはやってないって……)
けれど、レオちんは得意げにパーカーの袖をまくって見せた。
レオ
レオ
できると思います! ちょっとステージ狭いんで、
ぶつからないように気を付けてくださいね
(なまえ)
あなた
(え、ちょっと、レオちん)
レオ
レオ
行きますよ? いっち、にーい――
さんっ! と反動をつけた長身が、しなやかに宙を舞う。

伸ばされた両手がキレイに着地を決めたかと思いきや――
(なまえ)
あなた
!!!
勢い余った彼の身体は、そのままステージの下へと
真っ逆さまに落ちて行ったのだった。

プリ小説オーディオドラマ