第10話

Stage2-2
3,808
2021/03/01 09:00
とりすました顔で、自分のクラスに入る。
ちょうどお昼の時間だった。しかも今日は給食が休みなので、弁当の日だ。色とりどりの弁当箱が机の上にならんでいる。
いっせいに唯をふり向いたクラスメイトたちの視線より、その弁当の鮮やかさのほうが唯の胸に刺さった気がした。
王子 宇瑠
王子 宇瑠
あ、唯ちゃんだ! おはよう、一緒に食べよ!
純粋に明るい声に呼ばれて、唯はやっと体の力をぬいた。
唯を芸能人だとやっかみの視線で見たり、ごまをすってくることもなく、自然体で接してくれる数少ない友だちだった。
有栖川 唯
有栖川 唯
おはよう。……宇瑠、なんだかさいきんピンク多くない?
友だち──王子宇瑠の弁当箱、それに巾着もランチョンマットもどれもピンク系だ。
前はもっと地味なのを使っていた気がする。
王子 宇瑠
王子 宇瑠
え、ああうん。ちょっと今ピンクがわたしのなかで来てるっていうか、推し色っていうか。かわいいし元気が出る色でしょ?
有栖川 唯
有栖川 唯
まあね
有栖川 唯
有栖川 唯
(わたしの担当カラーだし、ピンク)
唯は人気アイドルグループ『さくら道』に所属する、トップメンバーのひとりなのだ。
ファンからは「ゆいにゃん」と呼ばれていて、唯のグッズや応援するペンライトの色はピンクと決まっている。
少し気分をよくしながら、唯は自分の弁当を取りだした。
それでもやはり、巾着を開くときは気が重くなる。
有栖川 唯
有栖川 唯
(お弁当の日は、きらい……)
自分の孤独をつきつけられるような、そんな気分になる。
唯の弁当は、みんなの弁当とはちがうからだ。
有栖川 唯
有栖川 唯
──あれ、宇瑠の卵焼き、なんか妙にコゲてない?
王子 宇瑠
王子 宇瑠
あ、やっぱりわかった? じつは今日のお弁当、自分でつくってきたんだ。お菓子だけじゃなくてお料理もちゃんとつくれるようになりたいと思って……。失敗しちゃったんだけどね
宇瑠はそう照れくさそうに言って卵焼きをほおばり、「コゲの味しかしない!」と苦笑いした。
有栖川 唯
有栖川 唯
そっか、宇瑠の手づくりなんだ……
心のどこかでほっとしながら、自分の弁当箱を開く。
王子 宇瑠
王子 宇瑠
わ、唯ちゃんのお弁当豪華!
有栖川 唯
有栖川 唯
まあね
王子 宇瑠
王子 宇瑠
この卵焼きとその春巻き交換したいなぁ
有栖川 唯
有栖川 唯
ダメー
豪華なのはとうぜんだ。これはきのうスタジオの楽屋で出された弁当を持ち帰り、朝そのままつめかえてきたものだ。
なにせ、唯には朝早起きをしてお弁当をつくってくれるような親がいない。
母親は唯が生まれてすぐに天国へ行って、父親は唯を置いてどこかへ消えた。
唯はそういう子どもたちが集まる施設で育ち、今は事務所が用意してくれた寮でひとり暮らしをしているのだ。

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