第15話

Stage3-4
2,845
2021/03/18 09:00
近所への配慮をした最低限の音量のなか、きゅっきゅっと心地よくシューズの音を響かせながら、だれかが踊っている。
キレのある、それでいて関節の可動域をめいっぱいやわらかく使った、しなやかなダンスだった。
白雪 風真
白雪 風真
(上手い……)
思わず見入る。
しかし、そのダンスの主の表情は晴れない。
曲が終わるとこれじゃダメだと言いたげな、きびしい表情で鏡をにらんだ。
白雪 風真
白雪 風真
(あれ、そういえば今の曲って)
聞いたことがある。
そう気がついたとき、ダンスの主と、鏡ごしに目があった。
有栖川 唯
有栖川 唯
きゃ……!
白雪 風真
白雪 風真
あ、悪ぃ。のぞくつもりじゃなかったんだけど
風真があわてて謝ると、相手はおどろいた表情で一拍固まり、それからキッと眉をつり上げた。
有栖川 唯
有栖川 唯
し、白雪風真っ!
忌ま忌ましげにこちらを睨むのは、さくら道の有栖川唯だった。
有栖川 唯
有栖川 唯
なんでこんなところにいるの!? のぞき!?
白雪 風真
白雪 風真
いやだからのぞきじゃないって。このマンションの上なんだよ、俺らのミーティングルーム。ちょっとここ通りかかったら電気がついてたから、時間外なのに変だと思ってさ
有栖川 唯
有栖川 唯
よけいなお世話。練習のために場所借りてただけ
つんとしてそれだけを答えると、唯は汗をふいて荷物をまとめはじめる。
白雪 風真
白雪 風真
タクシーで帰るのか? 親が迎えにくるとか?
もうすぐ夜の十時を迎えるころだ。
女の子がほいほい出歩いて安全と言える時間ではない。
心配して聞いたのだが、なにかが唯を怒らせてしまったらしい。
有栖川 唯
有栖川 唯
よけいなお世話だって言ってるでしょ! さっさと消えて!
叩きつけるような、はげしい目で睨まれてしまった。
白雪 風真
白雪 風真
ちょ……待てってば。だから迎えがくるのかって聞いてるだけだろ
明かりを消し、足早にスタジオを出る唯のあとを追う。
風真が外に出ると唯はさっさと施錠をして、駅のほうへと向かいはじめた。
白雪 風真
白雪 風真
おい、まさかひとりで帰るのか? こんな時間に
有栖川 唯
有栖川 唯
……
しかめっ面の唯は返事もせず、どんどん歩くスピードを速くする。
白雪 風真
白雪 風真
家が近いとか?
有栖川 唯
有栖川 唯
……
白雪 風真
白雪 風真
まさか駅まで歩く気じゃないよな? 終電はまだだけど、こっからけっこう距離あるぞ
早歩きというよりはほとんど走っているような状態になったころ、耐えかねたのか、唯がようやく立ち止まった。
有栖川 唯
有栖川 唯
いったいいつまでついてくる気なのっ?
白雪 風真
白雪 風真
電車で帰るなら駅までだろ
有栖川 唯
有栖川 唯
だからなんでよ!
白雪 風真
白雪 風真
は? そりゃ心配だからに決まってんじゃん
正直に答えると、唯がきょとんと目を丸くする。
ツンツンしているくせに、意外と表情は豊かで面白い。
白雪 風真
白雪 風真
あ、もしかして唯はスキャンダル的なの心配してるのか? それなら俺こんな女装してるし、大丈夫だと思うんだけど
有栖川 唯
有栖川 唯
それがイヤなの
ぷい、とそっぽを向いて、唯はふたたび歩き出す。
風真は頭をかいた。これはそうとう嫌われている気がする。
白雪 風真
白雪 風真
俺のことイヤなのはわかったけど、だからといってここでひとりにするわけにもいかねーじゃん。こう暗いと痴漢じゃなくても交通事故……とか、あるかもしれねぇし
唯はなにか言い返そうとふり向いたけれど、風真の顔を見るとためらうように口を閉じて、けっきょくそれ以上はなにも言ってこなかった。
白雪 風真
白雪 風真
しっかしさくら道って、こんな遅い時間まで自主レッスンしてんだな。すげーわ
ムシされるんだろうなと思いつつ、唯のすこし後ろを歩きながら話しかける。
さくら道はもうすでに人気の出ているアイドルで、しかも唯のダンスは風真の目から見るとほとんど完璧に見えた。
それなのに、週末にここまでの努力をしていることに純粋に感心したし、そのストイックな姿勢に胸を打たれたからでもあった。

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