近所への配慮をした最低限の音量のなか、きゅっきゅっと心地よくシューズの音を響かせながら、だれかが踊っている。
キレのある、それでいて関節の可動域をめいっぱいやわらかく使った、しなやかなダンスだった。
思わず見入る。
しかし、そのダンスの主の表情は晴れない。
曲が終わるとこれじゃダメだと言いたげな、きびしい表情で鏡をにらんだ。
聞いたことがある。
そう気がついたとき、ダンスの主と、鏡ごしに目があった。
風真があわてて謝ると、相手はおどろいた表情で一拍固まり、それからキッと眉をつり上げた。
忌ま忌ましげにこちらを睨むのは、さくら道の有栖川唯だった。
つんとしてそれだけを答えると、唯は汗をふいて荷物をまとめはじめる。
もうすぐ夜の十時を迎えるころだ。
女の子がほいほい出歩いて安全と言える時間ではない。
心配して聞いたのだが、なにかが唯を怒らせてしまったらしい。
叩きつけるような、はげしい目で睨まれてしまった。
明かりを消し、足早にスタジオを出る唯のあとを追う。
風真が外に出ると唯はさっさと施錠をして、駅のほうへと向かいはじめた。
しかめっ面の唯は返事もせず、どんどん歩くスピードを速くする。
早歩きというよりはほとんど走っているような状態になったころ、耐えかねたのか、唯がようやく立ち止まった。
正直に答えると、唯がきょとんと目を丸くする。
ツンツンしているくせに、意外と表情は豊かで面白い。
ぷい、とそっぽを向いて、唯はふたたび歩き出す。
風真は頭をかいた。これはそうとう嫌われている気がする。
唯はなにか言い返そうとふり向いたけれど、風真の顔を見るとためらうように口を閉じて、けっきょくそれ以上はなにも言ってこなかった。
ムシされるんだろうなと思いつつ、唯のすこし後ろを歩きながら話しかける。
さくら道はもうすでに人気の出ているアイドルで、しかも唯のダンスは風真の目から見るとほとんど完璧に見えた。
それなのに、週末にここまでの努力をしていることに純粋に感心したし、そのストイックな姿勢に胸を打たれたからでもあった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。