第6話

15
2021/03/03 02:11
 探すのにも疲れてきてしまった。

 終わりのない夢を見るのはやめたほうがいいのかもしれない。

 そう思ったのは、あの公園を抜けてから、3年が経とうとしていた時だった。

 3年間、1日も探すことを止めた日はなかった。だけれど、ふと思ってしまった。このまま追い求めたとしても、結局あの人に会うことなどなく、哀れに死んでいくだけなのではないかと。
 ぼろぼろの布切れのように。あの、会場で、使えなくなった商品のように死んでいくと思うと、背筋が凍った。

 嫌だった。まだ死にたくないと思った。

 もう、私は永遠に、普通の女の子に戻ることなんてないかもしれない。いや、もう出来ない。そのチャンスを私は、当の昔に捨ててしまった。ぐしゃぐしゃにして、何度も切り付けて。

 逆に言えば、私にはもう失うものがなかった。身内もいなければ、大切な人すらいなかった。ならば、好き放題できる。そう考えた。
 そう考えなければ、頭が狂いそうだったからだ。

 夢を何度も見る。

 血の匂い、錆びた赤いロザリオ、拳銃、包丁、誰かの叫ぶ声。
私は悪くない、何にも悪くない。最近まではずっとそう思っていた。だけど、本当にそうなのかな。
 
 それは私が作った都合のいいことで、本当は私だけが悪いのかもしれない。

 あの、施設に入れられたのも、ひどい仕打ちを受けてきたことも全部。

 わたしのせいなのかもしれない。

 わたしがずっと、ワルイコだったからなのかもしれない。

 施設のひとは、ワルイコを何よりも嫌ってた。言うことを聞けない子、暴れる子、嘘を吐く子、逆らう子。昔の私も、たくさんたくさん、悪いことをした。施設の人が大嫌いで、何回も悪いことをした。
 だからなのかもしれない。ずっと私に殴ったり、けったり、首を絞めたりしてきたのはきっと。

 わたしが、_ワルイコ_だったから?

 じゃあ、私は最初から、普通の女の子なんかじゃなくて、ただの、ワルイコだったの?私がどんなに普通の女の子になろうとしたって、どんなにあの人追い求めたって、私はずっと変われない?


 嘘だ。

 嘘だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だうそだうそだうそだウソダウソダウソダウソダ………………………

 全部、嘘だ。

 じゃあ、私は今まで何のためにこの体を捧げてきたの?私がこんなにも必死になってきた意味は?きっとカミサマはこう言うんでしょう?

「お前が一人でやったことだ」

って。私一人のせいにするんでしょう?私が結局、全部の元凶なんでしょう?

 私さえいなければ上手くいったとか、私がこんな事望まなければとか、全部、ゼンブ!!私のせいになる。

 夢を追うワルイコは、普通の少女にはなれないの?

 
 わたしは ずっと ワルイコ なの ?


 考えることが億劫になって、私は何も考えないことにした。

 これ以上考えたら、頭がおかしくなって、普通じゃいられなくなる気がしたから。また、あの時みたいに、自分勝手な悪いことをしちゃうといけないから。だけど、やめたら、体が空っぽになった。
 命が吹き込まれてない、操り人形みたいになった。

 ………

 ……

 …

 疲れてしまった。

 普通の女の子を追い求めることに、本当の自分が何なのかを考えるのも、これからどうするのかも。全部。だから、眠ることにした。どこか分からない、ここで。
 ただ今だけは、一人で静かに眠りたかった。


 あぁ、もう自分が何をしてもいい気がした。

 自分はワルイコ、ならばワルイコは、ワルイコらしく。今まで通り誰も支えられずに、孤独に生きていくしかない。
 なんでもいい。ワルイ事をしよう。大人たちが困るようなこと、世界に刻まれるようなこと、恐怖を植え付けるようなすごいことを。

 それを成し遂げたとき、俺は自分が何者かを知ることができる気がした。

 ワルイコ、っていうのでいい。でも俺は、今は。

 ひたすらに人間をぐちゃぐちゃにしたい衝動に駆られた。血の染みついた舞台、赤いロザリオ、白目をむいた汚い大人の顔。
 あの感触をもう一度、体感したかった。

 初めて人を×したとき、_アイツ_は怯えてどこかに行ってしまったみたいだけど、俺は俺が見つかると厄介なことに気が付いていたから、埋めた。
 あの醜い顔に、土をかぶせて。生きていたかもしれないけれど、どうでもよかった。お前さえ見つからなかったら、俺たちは永遠見つからないし、俺が消されることもない。

 アイツは、逃げ出した夜から狂ったんだよ。
 
 アイツがどんなに普通の少女に戻りたいって願ったとしても、絶対に叶いはしない。もう俺と出会って、一緒になった時点でもう、手遅れなんだよ。
 可哀そうなことに、アイツはそのことに全く気付いていない。

 まだ、叶いもしない夢を追いかけていた。ずっと、ずっと。

 きっともう分かってるはずなんだ。もう気づいてるはずなんだ。

 あの、夢の男性は、自分を×した、××なんだってことくらい。

 だけど、アイツはそれを一心に否定することによって、今の自分を作り上げていた。いつか壊れる幻想を一人で必死に守っていた。

 

 もう、全員、手遅れなのに。
 

プリ小説オーディオドラマ