第8話

13
2021/03/05 17:28
 子供が笑う声、大人の優しい声。
 
 そういうのは、すべて偽物だとあれほど教えたはずなのに、アイツはまた惹かれていってしまった。
 そんなものを信じるから、自分が何者かなんてくだらないことを考えるきっかけになってしまった。それが自分でも分かっていないところが恐ろしいところだが、まぁそれはまだいい。

 今は、まだ動けない。アイツの意志が強くなっているから。

 だけど絶対にいつかは、あの感覚を取り戻さないといけない。絶対に。アイツにも目的があるように、俺にも目的がある。それは、とてもイケナイ事であり、猟奇的なことであることは十分に理解していた。
 だがもう止まれない。止まることなんて許されない。

 止まってしまった時が、俺の最後の時だ。

 今でも必死に、アイツを止める術を必死に探してる。

 早く止めないと。アイツに先を越されたらたまったもんじゃない。

 俺はいつもそうなんだ。いつも我慢ばかりさせられる。満足に外にも出れなくて、人と話したことなんて一度もなかった。ましてや、生きてる人と話したことなんて…

 考えたことがなかった。生きてる人の体温、声、形。

 それに感動なんてしないのだろうけど、きっと何かは感じるのだろうな。心の中から湧き出てくる、新しい何かが。

 だが、今はそれがなくてもいい。
 今は自分が脱出ことだけを考えなければいけない。

 また、いつもの見飽きた景色に目を瞑った…


 提灯の夜、あの子供たちの顔と、優しげな大人たちの顔。
 
 あの夜からずっと忘れられなかった。ずっと、ずっと。
 頭の中に何時もあったはずのあの人の顔さえも、霞むほどに、考えていた。
 自分が会ってきた大人たちは、本当の大人たちだったのかと。
 あれは一握りの悪い大人たちで、本当は優しい大人たちがいっぱいいるのだとしたら?

 私はずっと、間違っていたことが証明される。

 自分が大変な目にあっていたことを良い理由にして、人一人を、×した。その後のことは覚えてなかったけれど、土に埋まっていた。
 あの真っ白な顔を見ずに済んだ。
 ずっとそう思っていたけれど、最近はおかしなことばかり起きていた。
 夢の中には、同じ男の子が出てきたり、あの血まみれの舞台が映し出されたり、人の叫び声が聞こえたりもした。その夢を見るたびに、胸が苦しくなった。
 
 息がだんだんしずらくなっていって、苦しくなる。

 毎日そんなことの繰り返しだ。

 「もう、変われないんだよね」

 「カワレナイヨ、オレモオマエモ」

 そう言われた気がした。

 それが聞こえたとき、私の中にあった糸が、プツリ。

 音を立てて、ゆっくりと切れた気がした。

 その後からじわじわと広がっていく、名前も知らない感情。

 燃えるような、怒りと、少しの憎悪。

 二つが合わさったような、感情がじわじわと広がっていく。その時、どんなお菓子よりも甘い言葉が聞こえた気がした。

 
 「大丈夫、ゼンブオレガ、カタガワリシテやるよ」


 それは、不安定な私の心を壊すには、簡単な言葉だった。

 どろどろと、自分の心に染み込んでいく、その言葉がずっと、心と頭の中をぐるぐると回っていた。
 最後に見えたのは、あの夢の中の少年が嬉しそうな顔で、

 「おやすみ」

 と、言った声と顔だけだった。

 そして、静寂と、闇が訪れた。

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