……渡せなかった。
今日はバレンタイン当日。
昨日、学校から帰ってすぐに、ガトーショコラ作りに取りかかった。
普段からお菓子作りは割と好きな方で、自分で言うのもなんだけど、ガトーショコラは見た目も味も上出来。
あとは、森田にあげるだけ。
───なんだけど。
"深い意味はないから"と付け足したちかちゃんは、明らかにいつもより早口で。
動揺を隠しきれていない。
……いつも冷めてるちかちゃんにこんな顔させちゃうみのっちって、凄いかもしれない。
そうだ、みのっちに感心してる場合じゃなかった。森田にガトーショコラ渡さなきゃ……。
"ちょっと行ってくるね"とちかちゃんに告げて、私は急いで森田の後を追った。
【校門前】
"森田"と、つい叫びかけてハッとする。
森田に"萌"と呼ばれたのは、透き通る白い肌に、万人受け間違いなしのルックス。守ってあげたくなるくらい小さくて、笑顔が花のような可愛らしい女の子。
去っていく後ろ姿を目で追ったままの森田と、そんな森田から目が離せない私。
森田が握りしめている小さな箱を見た瞬間、ギュッと胸が軋んで、ひどく痛んだ。
いつも通りを装ってるつもりらしい森田は、私の目からすれば分かりやすく浮かれている。
ニヤニヤが抑えきれずに溢れ出ちゃってるし、嬉しそうに何度も箱へと視線が落ちる。
今年はもらえないと思ってたのに、予想外にもらえちゃって喜びも大きいのかな?
ついさっきまで、元カノからチョコなんてもらって、オマケに家に行く約束までして、ニヤニヤご機嫌だった森田にイライラしてたはずなのに。
私に向けられた嬉しそうな顔と、当たり前みたいに言い放たれた森田の言葉が悔しいけど凄く嬉しくて……。
なのに、また
可愛げのないことを言ってしまう。
素直になるって、難しい。
だけど、届けたい言葉を飲み込むことはもうしたくない。
私が差し出したのは赤いリボンの巻かれた四角い箱。それを見た森田は、元カノから貰ったチョコをカバンに放り込んだ。
私の頭をグシャッと撫でて、ちょっと偉そうに、だけどすごく優しい顔して
森田が笑った。
なぜだか、目が離せなかった───。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。