───例えば。
無条件に優しくされたり、髪型を褒められたり、不意に目が合ったり。
周りのみんなに言わせれば"たったそれだけ"の出来事でも、私にとっては恋が始まる十分すぎるキッカケなんだ。
私、松本 雫。
ピチピチの高校1年生。
……人よりちょっと、ううん。
かなり惚れっぽくて、自慢じゃないけど常に好きな人がいる。
手から滑り落ちた私のノートに同時に手を伸ばして、お互いの手と手が触れ合った瞬間に恋した長谷川くんが、隣のクラスのマドンナ瑠璃ちゃんに告白したと知って失恋したのがつい2週間前。
「もっと落ち込むもんだから、普通」と付け足して呆れ顔の、ちかちゃんこと、中村 千香子ちゃんは、私の良き理解者で大親友。
ちかちゃんが言うように、長谷川くんに失恋したことを知ったその日のうちに、伊藤先輩に一目惚れした。
廊下の角を曲がってきた2年生の伊藤 翔平先輩とぶつかった瞬間、あまりのカッコ良さに言葉も出なくて……。
あぁ、もう好き!!!って思ったの。
その次の日から毎日、朝に下駄箱で待ち伏せして朝の挨拶と共に猛アタックしている。その甲斐あって、ようやく最強に整った笑顔で「おはよう、松本」って言ってもらえるようになったんだから!
なんて得意げに言ったら、ちかちゃんはもちろん、いわゆるイツメンと呼ぶべきクラスメイトの森田とみのっちにまで鼻で笑われたのが昨日の話。
【放課後】
ちかちゃんの声に、人で溢れかえる生徒玄関を見渡せば、そこには確かに伊藤先輩の姿。
……でも。
伊藤先輩がそんな人だったなんて。
いつもニコニコしてて、爽やかで……、優しくて誠実な人だと思ってたのに!!
え?じゃあ、伊藤先輩には複数人の彼女がいて……うそ。私……また失恋!?
なんで私の恋は上手く行かないの!?
ただ、みんなみたいに幸せな恋をしたいだけなのに、いつも結ばれることなく散っていくだけ。
もういい加減、嫌気がさすよ。……きっと、私は幸せになれない運命なんだ。
私の言葉に、続くようにすぐ後ろから聞こえてきたよく知った声に、思わずちかちゃんと2人で「へ?」と間抜けな声が出てしまった。
振り向けば、イツメンの森田とみのっちがいて。森田はこの世の終わりみたいな顔をしている。
伊藤先輩に彼女がいるって知って、儚くも失恋した私と、彼女に振られて哀しくも失恋した森田。
いつもなら、森田の言葉に一々ムッとしてしまう私だけど、今日は違う。
私の言葉に、森田は何やら少し考えるように視線をめぐらせて、だけどすぐに「悪くないな」なんて口角を上げた。
キラキラな恋には、確かに憧れるけど。
こうなったら、恋なんかしなくても、みんなと過ごす高校生活を思いっきり楽しんでやるんだから!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!